
四国・松山に来た。来たからには「坊っちゃん列車」に乗ってみたい。没後100年、かの文豪が「マッチ箱の様な汽車だ」と書いた軽便鉄道。いま路面電車にまじって走るのはその復元版。動力はディーゼルながら蒸気も煙も模擬的に出す。どこまで明治の気分に浸れるか。
道後温泉9時19分発上り松山市駅行き。整理券をもらって平日朝一番の便に乗り込む。機関車は可愛いというよりも、地元観光の旗手と思えば凛々しくけなげ。狭い納戸のような客車に案内されたが、窓は明るい。これも往年の音を真似たという汽笛が鳴る。
漱石は小説「坊つちゃん」の中で「ごろごろと五分ばかり動いたと思ったら、もう降りなければならない」と半ばあきれ、切符も「たった三銭」と驚いている。なるほど、ごろごろだ。高みの松山城を望みながら、快走とはいかないが、20分かけて終点に。料金は大人800円であった。

さて松山市駅で折り返そうにも路面電車の軌道に転車台はない。どうやって向きを変えるのかと問えば、機関車の足回りに油圧式のジャッキが仕込まれていて、車体を浮かしている間に人力でくるりと回すのだという。
まず客車を切り離し、機関車だけがポイントを経てスイッチバック、渡り線に入ったところで180度転回させて下り線へ。今度は客車を手押しで運んで再び連結、待機位置に導くという手順。あとから来た電車がそんな作業を目前に行儀よく控えている。時代の慈愛を感じた。(F)



