
9600型蒸気機関車が引く貨物列車は、オホーツク海を望み大きな弧を描いた。背後に北見神威岬の雪山が迫る。興浜北線の斜内で降り南隣の目梨泊方向へ歩いた。列車はスローモーションのように近づいてきた。寂寥感ある景観、到着難易度も高い。鉄道ファンには「最果て中の最果て」であった。
宗谷本線の音威子府から天北線で起点の浜頓別へ。興浜北線は北見枝幸まで30.4キロを南下する盲腸線で、1985年7月に廃止された。蒸気機関車が走ったのは75年5月まで。その2年半ほど前の72年12月23日に訪れた。たどり着くのが大変で1日1本しか狙えなかった。
雪晴れの独特の景観をいまも鮮明に覚えている。ただ海風は冷たかった。2月は流氷で埋め尽くされる海なのだ。列車を待つ間、寒さしのぎに撮影場所の斜面で「けつ滑り」(地元方言)をした。タオルを敷物にしたそり遊びである。
雪まみれになったが暖をとれた。やがて現れたのは2両の貨物である。力持ちの9600には物足りない。国鉄時代は、こんな辺地にも蒸気機関車が走っていた。写真を残せてよかった。
大赤字だった興浜北線、天北線はその後、廃止された。一時期「オホーツク縦貫線」の計画もあった地域だが、いま時刻表の地図には影も形もない。鉄道のない過疎地で、特筆すべき観光地も見当たらない。再訪したいが、いまだきっかけがない。(O)