
横浜・関内のそば店「中屋」(横浜市中区)が、2月2日に65年の歴史に幕を下ろす。ボリューム満点のそばの旨さと、店主・坂部訓子さん(65)の温かい人柄に魅せられたファンが多く、オフィス街にたたずむ店は地元のサラリーマンを中心に親子代々で足しげく通う常連も。惜しまれつつのれんを下ろすが、客の人生に「細く長く」寄り添い続けた老舗の味わいは人々の記憶に残り続ける。
「体力・気力・知力の限界に付、2月2日(日)を以ちまして閉店させて頂きます」
弁天通にある店先に坂部さんが張り紙を掲げたのは24日。突然の告知は長年足を運んだ客を驚かせた。
毎朝6時に起床。天候をみながらそば粉とつなぎの配合を調節するなど、丁寧にそばを打ち続けた。
そば同様、のれんをくぐってくれる一人一人の客にも向き合ってきた。「『いらっしゃい!』と笑顔で迎えられると、うれしくて」と顔なじみ。様子の変化を敏感に感じ取る気配りがファンの心も温めた。「士気を高めようと、いつもハイテンションで店に立ち続けました」と振り返る。
1877年創業の伊勢佐木町のそば店からのれん分けし、1954年に父・春房さんが弁天通に店を構えた。

「若い人におなかいっぱい食べてもらおう」と、40種類以上あるメニューは全てボリュームたっぷり。もりそばは400グラムから1・7キロの「大大盛り」まで4段階あり、横浜DeNAベイスターズOBの鈴木尚典さんや川村丈夫さんらは引退後もひいきにしている。
坂部さんは21歳の時、インテリアコーディネーターをしていた省三さんと結婚。当時27歳だった夫は相生町にあった「はまや」でそば打ちを修業した。アイデアマンの省三さんは、黒ゴマやサクラの葉、ササなどを生地に練り込む変わりそばを考案。昼時はすぐに全40席が埋まり、品切れになる人気店になった。
7年ほど前、二人三脚で歩んできた省三さんに先立たれた。店を畳むことも考えたが、亡くなる半年前まで厨房(ちゅうぼう)に立ち続けた姿を思い起こし、身長156センチの小柄な体を振り絞り、切り盛りしてきた。
しかし、そば汁のもとになる「かえし」を仕込む五斗甕(ごとがめ)は高さが1メートルほどあり、しょうゆなどを継ぎ足す作業が年々重労働に。2年前に股関節を手術してからは無理が利かなくなってきた。
43歳と36歳の息子2人はそれぞれ別の道を歩む。今年5月に迎える夫の命日を前に「常連さんから『味が落ちた』と落胆されないうちに店を閉じようと決意した」と語る。
奇しくも、自身と店は同い年。「独身だった人が奥さんを連れ、子どもを連れて家族ぐるみで通ってくれた。そばのように、細く長くお客さまの人生に寄り添うことができたことに感謝しています」
営業は2月2日まで。営業は午前10時半~午後3時(1日は午後2時半まで)。売り切れ次第終了。問い合わせは、中屋、電話045(201)2040。