増毛駅跡に立つとパッと記憶がよみがえった。珍しい木造3階建ての旧駅前旅館。気がつけば、その前の坂道を登っていた。一歩踏み出すごとに確信が高まった。「間違いない、ここだ」。灯台もある高みに来て、建物を取り払った跡のような草むらに見入った。
増毛の町は日本海に突き出し、留萌本線の終点として行き止まり感が強かった。学生時代、冬の一人旅で列車を乗り継ぎ、この町にやってきた。坂道をたどってユースホステルに宿を求めた。昔はユースばやりだった。安価で便利。だから北海道でも泊まり歩いていた
玄関に現れたペアレントなる男性は、予約せずに訪れた筆者をいきなり難詰した。もし満室だったらどうするつもりだったのか。もはや夕刻。凍てつく寒風の中、野たれ死にでもするつもりかと。「貧乏学生だからって甘たっれるな」。ほかのユースにはない応対にたじたじとなった。
2016年12月、留萌駅以遠の路線が廃止されたが、増毛の駅舎は今も手入れされ、土産店などが入っている。観光案内所の出入りも少なくない。聞けば、ユースホステルはその後移転し、既になくなったという。かれこれ半世紀前の思い出。ペアレントのありがたい叱咤直言はなお耳朶(じだ)に残っている。
留萌駅から16時17分発の深川行きに乗る。ツアーの団体客を除けば3人。途中の石狩沼田から2人。乗客は結局それだけだった。キハ54形の1両は「本線」らしい線路の上をなかなかの快速で晩秋の山間を抜けた。先の札沼線非電化区間とは趣が違うが、ここも余命が心配されている。(F)