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伊藤博文旧邸「滄浪閣」再建託す 元地権者が1億円寄付

話題 | 神奈川新聞 | 2020年1月11日(土) 16:00

2024年度の全面公開に向けて整備事業が進む「明治記念大磯邸園」の旧滄浪閣=大磯町西小磯
2024年度の全面公開に向けて整備事業が進む「明治記念大磯邸園」の旧滄浪閣=大磯町西小磯

 初代宰相を務めた伊藤博文(1841~1909年)の旧本邸「滄浪閣(そうろうかく)」(大磯町西小磯)の地権者だった女性が、大磯町に1億円を寄付した。女性の夫はかつて滄浪閣の再建を夢見て土地を購入したが、夢半ばで他界。国や町などは滄浪閣を含む明治時代の元勲ゆかりの地を「明治記念大磯邸園」として一体的整備を進めており、2024年度の全面公開を目指す。亡き夫の願いを行政に託し、女性は「夫が残してくれた滄浪閣。再建した姿を見たい」と願う。

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 大磯邸園の整備に使ってほしいと多額寄付したのは、綾瀬市の不動産管理会社を経営する女性(82)。町が6日に開催した賀詞交換会で、中﨑久雄町長から表彰状が手渡された。

 滄浪閣は1896年、伊藤が別邸として建設し、翌年に東京から本籍地を移した。当時の有力政治家らが足しげく「大磯詣で」を重ね、立憲政治黎明(れいめい)期の舞台となった。伊藤の死後、朝鮮の李王家に譲渡されたが関東大震災で倒壊した。

 現在の建物は1926年に再建された。大正時代のモダニズムの雰囲気を漂わせた外観で、木造平屋建ての洋室棟と和室棟に分かれる。戦後に増築され大磯プリンスホテル別館のレストランとして長らく利用されたが、2007年に営業終了。一時は町が買い取りを目指したものの、財政難で断念した経緯もあった。


明治150年の節目に期間限定で一般公開された旧滄浪閣(2018年10月23日撮影)
明治150年の節目に期間限定で一般公開された旧滄浪閣(2018年10月23日撮影)

 女性の夫は30年以上にわたり綾瀬市内で社会福祉法人の運営に携わってきた。歴史好きでもあり、「滄浪閣を再建して、超一流の老人ホームにしたい」と購入を決断。しかし、直後の世界的不況で計画は頓挫し、病気も患って夢の実現も困難になった。

 滄浪閣は荒廃が進み、女性は「私も夫もずっと苦しかった」と振り返る。マンション建設や飲食店としての活用など、多くの事業者が土地購入の話を持ち込んだが、夫は首を縦に振らなかった。

 政府は17年、滄浪閣と周辺にある大隈重信邸や陸奥宗光邸、西園寺公望邸を大磯邸園として再整備、保存活用する方針を閣議決定した。夫は夢を託す形で国への売却を決めたが、その直後の同年3月、81歳で亡くなった。

 町は昨年12月、寄付された1億円のうち8千万円を公共施設整備基金に積み立てた。大磯邸園のうち町が管理する園内の松林や緑地の整備に充て、残り2千万円は子育て支援や教育の分野で活用するという。

 国は今夏、陸奥邸と大隈邸の庭園部分を先行して公開する予定。一方で老朽化の激しい滄浪閣の公開は見送られ、修復に向けた道筋はまだ見えない状況だ。女性は「歴史を伝え、子どもたちの将来のために役立ててほしい」と訴えた。

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