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酒と涙と男と天ぷら(6)
魅惑の「江戸前三美人」

話題 | 神奈川新聞 | 2019年6月28日(金) 01:35

5月の江戸前はギンポ。見た目は「豹柄おネーさん系」
5月の江戸前はギンポ。見た目は「豹柄おネーさん系」

 海風薫る五月になりました。横浜は海が近くでいいですね。江戸前の魚が簡単に手に入るなんて浜っ子は幸せです。江戸前って江戸城の前って知ってました? 今では随分広い江戸城前ですよね。東京湾全部ですもん。

 五月の江戸前はなんといってもギンポです。四月初めから六月初めまでが旬。アナゴの横で石のすき間から顔を出し、辺りをうかがう個性的な豹(ひょう)柄おネーさん系、眼が怖いです。

 ヤスリ状の歯と刃物のような背ビレ、腹に鋭いとげまである完全武装。ギンポをおろすときは職人でも根性入ります。

 まずは目打ちを打つって―と、もう大変。バタバタと全身をまな板にたたきつけ、体を手首に巻きつけ、背ビレのとげが突き刺さると涙が出ますな、ホント。イテーナってんで、包丁を背から素早く刺し込み、息つく間もなく背を開き、中骨を外し、頭ととげを落として一丁上がりだ。

 ポイントはスピード。初心者はアナゴから練習しましょう。ギンポは見た目は怖いですが、この季節の「天ダネ」では世界一。歯応えある脂の乗ったギンポは食の桃源郷へと誘います。大根おろしたっぷりのてんつゆでどうぞ。アツアツでね。

 ギンポが豹柄おネーさんなら、近所のあこがれのお姉さんも五月ごろから東京湾で釣れだします。シロギスです。こちらは清楚(せいそ)な銀うろこをキラキラさせ、こう言います。「ボク、しばらく見ないうちに、すっかり大人っぽくなったね。お姉さんを釣れるかな?」

 ボクは首筋を真っ赤に染めてリールをゆっくり巻き込みます。その時、ビクビクッとさお先に伝わる熱いトキメキ。「ボッ、ボク、お姉さんのこと大好きです」。私もシロギスは大好きです。キス釣りはロマンチックですよね。シロギスは塩、お好みでレモンをかけ食べましょう。五月の風が吹き抜けます。

 ここで夏に向けめっきり脂の乗ってきたアナゴも加え、江戸前三美人にて一句。「目に青葉…」じゃなくて、「手にアナゴ 山ほどのキス 初ギンポ」盗作。

 訳しますと、アネさん「ちょいと若ダンナ、両手にアナゴと山盛りのキス、おまけにギンポぶら下げどこ行くの? てんぷらなら私も連れてっておくれな」。

 若ダンナ「連れて行きたいのはやまやまだけど、今日はおっかない女房が待ってるんだ。ギンポは今が旬、食べるなら早いうちだよ」。

 まっ、何ごとも旬が肝心ということですな。この季節は誘惑が多くなりますんで、お互いに気を付けましょう。海といえば、五月二十九、三十日の横浜開港祭ドラゴンボートレースに出場します。海が近くて幸せです。

(2004.5.2)


 
 

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