豊富な品数に美しい盛り付け、愛情のこもった手料理。理想の食卓で毎日を彩らねばと、料理にプレッシャーを感じている人はいないだろうか。そんな食の呪いを優しく解いてくれる一冊がある。昨秋刊行された「自炊力 料理(レシピ)以前の食生活改善スキル」(光文社新書、864円)。「『買う』ことも立派な自炊」とうたう本書の真意を探ろうと、著者の白央(はくおう)篤司さんを訪ねた。
料理は苦ではないが、胸を張って「得意」とも言えない。特に女性は「料理ができて当然」と見なされがちなため、苦手なそぶりを見せると「料理下手」のレッテルを貼られやすい。加えて「本当はおかずは3品以上、手作りで出さないといけない」といった思いもどこかにあって、手を抜く度に自責の念に駆られてしまう。
料理について、同じように自己嫌悪に陥ってしまう人は決して少なくないと、食にまつわる記事や企画を10年以上手掛けてきたフードライターの白央さんは言う。
「料理をしていないことに小さな罪悪感を持っている人にこの本を届けたいんです。『料理ひとつできず情けない』と自分を責め、さらに自炊から遠ざかっている人たちへの応援歌のつもりで書きました」
「自炊ができないことは悪いことではない」「冷凍食品に罪悪感を抱く必要はない」「『楽(ラク)』と『楽しさ』を大切に」。求めていた言葉の数々に出合える本書は自炊のハードルをぐっと下げ、劣等感に悩む人をそっと肯定してくれる一冊でもある。
例えば、引け目を感じやすいコンビニ食やレトルト、スーパーの総菜を否定しない。その上で、コンビニ食でいかに栄養バランスの整った組み合わせができるかといったヒントをちりばめ、「『買う力』を養うことから自炊力を高めよう」と提案する。
スープ作家の有賀薫さんとの対談ではインスタント食品の活用法を指南。カップスープにホウレン草などの冷凍野菜を入れるだけでも野菜がたっぷり取れるとし、「『手抜き』ではなく『手を加えている』感覚を持ってもらえれば」と読者の背中を押す。
「料理すらできないのか」「やる気がないだけでしょう」。得手不得手に目を向けず、料理に限ってスキルアップを要求する世間の言説に、白央さんは異を唱える。
「毎日の料理というのは買い物に始まり、献立の考案、食材の使い切り、片付けなどさまざまな行為の組み合わせを連続で行うもの。決して簡単なことではない」。生活スタイルや条件は個々に異なるため「あなたに応じた自炊力があればいいんです」と呼び掛ける。
繰り返し強調するのは「出来合いの物で済ませても自分を責める必要はない」ということ。「『自分に休息を与えた』『その分家族と話す時間が増えた』などと考えれば、『作らない選択』も無駄ではないですよね」
本には、白央さんによる自炊日記や、専門用語が多いレシピ本に比べて初心者により有効という料理番組の一覧、多様な食材が具になり得るみそ汁の薦めや栄養の話など、多岐にわたるテーマを盛り込んだ。
そして「自炊はできなくても当然。無理なくやっていこう」という白央さんのメッセージが穏やかな筆致でつづられている。ここで得られる食の呪縛からの解放は「苦手意識」を「自己肯定」に変え、より豊かな暮らしをもたらしてくれるはずだ。