
紀伊半島を半周する紀勢本線。もう何年も乗っていない。それも昔、3段式寝台に寝て夜中に通過しただけの記憶である。あらためて全線を鈍行(もはや死語かも)で踏破したくなった。雪の予報も出た冬の週末である。

名古屋から下る。ローカル色が増すのは多気からだ。宮川に導かれて紀伊山地に分け入るが、荷坂峠の長いトンネルを抜けると、一気に熊野灘に駆け下りる。入り江の集落が次々過ぎていく。圧巻は尾鷲~熊野市の間、車窓に見え隠れするリアス式海岸の青い俯瞰であろう。
途中、紀伊勝浦行き「ワイドビュー南紀」に追い越される20分停車もある。どうぞ先に行くがいいが、つくづく残念なのはこちらの普通列車はロングシートなので用意したカップ酒の出番がないことだ。特急の方も客の姿はまばらで、この幹線の行く末が心配になる。

新宮で宿をとる。紹介された居酒屋は階上にざわつきがあったが、階下はカウンターだけで、ほかに客もない。気づまりだったが、カツオ刺し身やサンマ丸焼きがうまく、地酒が思いのほか進んだ。土地柄かクジラの品書きが目立ったが、店主は寡黙だった。
翌日は6時56分発の紀伊田辺行き普通列車に乗る。まだ暗い新宮駅で始発の京都行き特急「くろしお」が先に出て行った。間に合わなかった老人が「白浜まで行けば特急がある」と駅員に教えられて同じ鈍行の客となった。このあと御坊行き、和歌山行き、和歌山市行きと乗り継ぐうち小雪が舞ってきた。(F)


