
遠くへ行きたい。仕事が立て込んでいるときほど、そう思う。ネクタイのまま、横浜駅から適当な長距離列車に飛び乗って、身も心も委ねてしまおう。飲みながら、そんな話になる。
酒飲み話は大概が妄想だ。そもそも、ふさわしい長距離列車などもう存在しない。せめてもと、休日、近所の図書館で過ごす。本屋で買うには(値段で)ためらいがある「鉄道ファン」に「鉄道ピクトリアル」。ついでに猫の雑誌をぱらぱらめくり、書庫の間の簡易いすで、うつらうつらする。
「世田谷のちんちん電車 玉電今昔」(林順信編著)は書庫の隅の隅にあった。ページをめくると、あった、というより、いた、という感じで、あのデハ200形が現れた。
1955年から68年まで、玉電(渋谷―二子玉川、二子玉川―砧本村)を走った2両連接の路面電車だ。丸っこい姿・顔立ちから愛称「ペコちゃん」。スペインのタルゴトレインに似ているので「タルゴ君」と呼ぶ人もいる。「玉電今昔」には、当時、「センセーショナルな車両だった」とある。「航空機の設計を取り入れた卵形断面の車体」は超低床式(車輪の直径51センチ)。乗降しやすいよう、駅に着くとステップがせり出した。
子どものころ、何度か乗った記憶がある。渋谷駅2階に専用ホームがあった。渋滞を脱し、玉川通り(国道246号)沿いの専用軌道に入ると、息を吹き返したように速度を上げた。その乗り心地はというと、よく揺れた、としか覚えていない。(S)