かつて「えびの」という急行列車があった。熊本から宮崎へ。球磨川の急流、矢岳越えの遠望。肥薩線や吉都線を経由する4時間40分余。旅情あふれる車窓だったが、現在の輸送密度ではとても間尺に合わない列車設定だろう。
ここにも新幹線が達したが、もともと南九州には豊かな鉄路があった。だが、縦横にめぐらされた在来線は、国鉄分割民営化を機に櫛の歯が欠けるように失せた。山野線、宮之城線など味わい深い路線には一度乗ってみたかった。
ローカル線の苦境は今も続く。それでもJR九州は頑張っている。旧来の車両を改造した、いわゆるD&S(デザイン&ストーリー)列車を相次いで投入、それが目当てのツアーも増えた。急行えびのが通った肥薩線にも「いさぶろう・しんぺい」や「はやとの風」が走る。
そして今年3月、新たに「かわせみ・やませみ」も登場した。同じような改造車両を充て、これまでの快速のダイヤ枠を格上げした点はせこい気もするが、あの手この手の戦略なのだろう。
この春、指宿枕崎線の「指宿のたまて箱」を含め、これら特急を乗り継いでみた。どれも材木を多用した内装が美しい。半面、そのために一部ふさがれた窓も見受けた。もちろん展望の工夫もあるが、貴賓室風の見栄が売りなのだ。観光客も居心地を求め、必ずしも車窓にこだわらない。汽車旅も変わったと思う。(F)