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追う!マイ・カナガワ
「湘南」どこからどこまで 「発祥の地」を訪ねてみた

話題 | 神奈川新聞 | 2023年1月8日(日) 05:00

 「湘南って、どこからどこまで?」─。読者の疑問を解決しようと取材を始めた「追う! マイ・カナガワ」取材班。元日紙面の第1弾には、「確かにずっと謎だった」「湘南問題は一筋縄では解決できない」といった350件を超す反響が寄せられた。ただ内容はさまざまで、謎は深まるばかり。第2弾は原点に立ち返ろうと、「発祥の地」に足を運んでみた。

石碑には「何とも素晴らしい所」

湘南平の奥に富士山を望む相模川河口近く=7日、茅ケ崎市柳島

 江の島を眺めながら国道134号を西へ向かう。ハンドルを握りながら聞くBGMはもちろん、サザンオールスターズ。砂防林を横目に車を走らせると、烏帽子岩を過ぎた先でパッと視界が開ける。相模川に架かる「湘南大橋」の上で、平塚の街並みの先に大山や丹沢の山並みが目に飛び込んできた。テレビ塔がシンボルの湘南平の奥には、雪化粧した富士山が輝く。

 「風光明媚」「白砂青松」などとも形容される「湘南」。そんな景色の中を走っていくと、「政界の奥座敷」と呼ばれた地に、ある石碑が建っている。

 〈著盡湘南清絶地〉

 刻まれた文章は「清らかですがすがしく、この上もない所、湘南とは何と素晴らしい所」という意味。小田原の外郎の子孫といわれる崇雪が江戸時代初期、如来像を運んで寺を建てようと草庵(そうあん)を結んだ地で標石に記したとされる。

 草庵は日本三大俳諧道場の一つ「鴫立庵(しぎたつあん)」の始まり。鴫立庵の紹介文には、「崇雪にとって当時この辺りの海岸が、中国湘江南部の美しい景色と同じように美しい場所であったので碑を刻んだ」とある。

 湘江南部とは中国湖南省を流れる湘江の南部の景勝地で、これが「湘南発祥の地」とされるゆえんのようだ。この「美しい場所」は大磯町。発祥の歴史は鴫立庵近くとJR大磯駅前に建つ石碑が伝えている。

 明治期以降、政財界の重鎮や文化人らの別荘地として栄え、「海水浴場発祥の地」としても知られる大磯。箱根駅伝のコースにもなっている国道1号の松並木も有名だが、湘南の代名詞とされる鎌倉や茅ケ崎とは雰囲気が異なる。

 地元の声を聞こうと海岸を歩いてみると、サーフィンを楽しんでいた高校教諭の50代女性は「大磯が湘南の発祥地というのは、まちの誇りです」と話し、笑顔で続けた。「湘南がどこからどこまでか? 発祥の地のここから見える景色こそが、湘南ですよ!」

 今も昔も、湘南の景色に人々が魅了されてきたということは間違いなさそうだ。

相模原にも湘南!?

「湘南発祥の地」とされる大磯。西行法師は大磯周辺の海岸を吟遊し、和歌を詠んだと伝わる=7日、大磯町の照ケ崎海岸

 深い緑に囲まれた山あいを縫うように清流が流れている。相模湾に注ぐ相模川の河口から約30キロ上流。キャンプ場や釣り場が点在し、湖にもほど近い自然あふれる地域だ。多くの人がイメージする海とはほど遠い相模原市緑区にも「湘南」があると聞き、その謎を追ってみた。

 「相模原市立湘南小学校」。相模川の西岸にある小学校の名前には、かつてこの地が湘南と呼ばれていた名残がにじんでいる。

 1889(明治22)年。町村制施行で小倉村と葉山島村が合併し、津久井郡の「湘南村」が誕生した。旧城山町の町史によると、文人たちは相模川を「湘江」と呼んでおり、湘江の南にある二つの村が一つになることから、湘南の名が生まれたと伝わるそうだ。

 2村の合併で1906(明治39)年に創立したのが、湘南村立湘南小。相模川に近く豪雨や洪水で危機に見舞われたが、村を挙げて教育に力を注ぎ、就学率も高く「教育模範村」とされたという。戦後の町村合併で55年に城山町が発足して湘南村は廃止されたものの、学校名は今も残っている。

定義を行政に聞くと

 湘南にまつわる歴史は各地にあるようだが、何を見ても聞いてもはっきりしない「湘南」の定義。行政はどう考えているのか確認しようと、湘南地域県政総合センター(平塚市)に聞いてみた。同センターの管轄は平塚・藤沢・茅ケ崎・秦野・伊勢原、寒川、大磯、二宮の5市3町。担当者は「湘南とはどこなのかと、問い合わせをいただくこともある」としながらも、「あくまで行政の区割りで、県として湘南を定義しているわけではないのです」。

 県は三浦市から湯河原町までの相模湾沿岸13市町を対象に「Feel SHONAN」プロジェクトも展開している。地域の魅力を国内外に発信する取り組みだが、この担当者も「湘南の定義について、統一した見解は持っていない」とのことだった。

 20年前には、平塚・藤沢・茅ケ崎市と寒川・大磯・二宮町の3市3町が合併し人口97万人の政令指定都市を目指す「湘南市構想」が浮上したことも。ただ当時の平塚市長選で、見直しを公約に掲げた新人の初当選で立ち消えとなった。

大きく分けて二つに由来

 「風光明媚(めいび)だけで湘南は成立しない」

 答えをさがして右往左往していた取材班にヒントをもらえたのは、藤沢市教育委員会発行の「湘南の誕生」だ。

 書籍によると、湘南には大きく分けて二つの由来がある。一つは相模国の南の地域を意味する「相南」にさんずいが付いた説。もう一つは、中国・湖南省の洞庭湖に注ぐ川に「湘水」があり、その南の風光明媚な地域を指す「湘南」にちなんだ説という。

 そういえば、湖南省の景勝地に似て「湘南発祥の地」とされる大磯は、平安末期の歌人・西行法師もその絶景に心を打たれたとされる。

 〈心なき 身にもあはれは 知られけり 鴫立沢の 秋の夕暮〉

 新古今和歌集にも収録されている歌のように見事な光景が見られるけれど、定義も由来もはっきりしない湘南。「湘南の誕生」には、こんな一文も掲載されている。

 「湘南がどこを指すのか議論されているが、歴史的にあまり意味があるとはいえない。『湘南』は時代によって、使う人によって、異なるのが当然だからだ」

 次回からは、その言葉の意味を考えてみたい。(竹内瑠梨、鈴木崇宏)  

=次回以降は随時掲載


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