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鉄道コラム 前照灯(306)
台湾海峡を走る郷愁の線路 台鉄海岸線の途中下車

話題 | 神奈川新聞 | 2020年2月27日(木) 00:00

台鉄が運行する急行「莒光」号

 台湾を一周する台湾鉄道(台鉄)は戦前の日本統治時代に整備されたインフラを活用している。線路の幅や車両などの規格も、日本と共通。新幹線(高鉄)が話題だが、在来線の旅も人気が衰えないのは、日本人の郷愁を呼び覚ますからだろうか。

急行の客車内

 台北駅の地下ホームを出発した急行「莒光」号は、地上へ出ると「縦貫線」を西へ走り、台湾海峡に沿う「海岸線」に入って南下していく。

※「莒」(キョ)=くさかんむりに「呂」

 ディーゼル機関車に引かれる客車は日本製。なじみ深いクロスシートに身を揺すられていると、右手に海が見えてきた。

善男善女でにぎわう白沙屯拱天宮=台湾西部・苗栗県

 苗栗県通霄鎮の白沙屯駅で降りて10分ほど歩くと、道教の女神「媽祖」をまつった白沙屯拱天宮がある。媽祖は台湾では広く信奉される航海・漁業の守護神だ。もとは10世紀の福建省に実在したと伝えられる霊力の高い女性。海峡を渡って移住してきた開拓民の信仰を集めてきた。

海岸線の新埔駅の駅舎は1922年完成=苗栗県

 「媽祖廟」の裏手に延びる海岸線に沿って歩く。日本統治時代の面影を感じさせる民家や畑が続いている。無人駅があった。白い木造駅舎は1922年の完成だという。

無人の待合室=新埔駅

 新埔から区間車(普通車)で一駅。通霄鎮の中心部、通霄駅で降りる。駅前の目抜き通りから丘を登ると、虎頭山公園。山裾には通霄神社の拝殿が立つ。

 日本統治時代に台湾各地に建てられた日本式神社は戦後、国民党の統治下で多くが破壊された。1937年完成の通霄神社の建物は、拝殿だけが中国式の屋根「燕尾脊」に改築されただけで、参道脇の石灯籠とともに、今も姿を残している。

日本統治時代に立てられた通霄神社

 公園の山頂部には日露戦争を伝える記念碑がそびえていた。この山にはかつて、旧日本軍が通信基地を構えていたからだ。日本語の碑文もある。

 「1904年(清の光緒30年)、日露戦争勃発、乃木将軍は日本陸軍第四軍を指揮して、当時ロシヤの占拠する中国遼東半島の旅順租界地を攻撃す。ロシヤもバルチック艦隊を遼東に派遣して、日本海軍と雌雄を決して、連敗の恥辱を雪がんとす。日本国海軍連合艦隊司令長官東郷平八郎、ロシヤ艦隊北欧より日本に来るに須(すべから)く大西洋よりアフリカ大陸南端の喜望峰を廻り、海路必ず台湾海峡を経過するを知る。敵の機先を制せんと、虎頭山に情報基地を設け、通信兵を進駐せしめて日夜監視せしめる」

虎頭山公園に立つ記念碑

 翌年5月、バルチック艦隊が台湾海峡に達した情報を、虎頭山に駐留していた通信兵が本国に伝えた。連合艦隊は対馬海峡でバルチック艦隊を迎え撃ち、歴史的な大勝利を収めることになる。

 虎頭山には「日露戦役望楼紀念碑」が建てられた。戦後に国民党政府が碑文を「台湾光復記念碑」と改めたものの、一帯は地元自治体の手で公園として整えられ、日本海海戦の史実を伝える記念碑も整備されている。東郷提督の乗っていた旗艦「三笠」が保存されている横須賀とのつながりを感じながら、丘を降りた。(Y)

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