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2・28事件75年(下)語れば投獄か死 台湾のタブーに

国際 | 神奈川新聞 | 2022年3月1日(火) 10:47

台湾・台北市で行われた2・28事件の追悼行事に参加した潘英仁さん(右)と弟の潘信之さん=2020年2月28日(潘さん提供)

 1947年3月25日、当時11歳だった潘英仁さん(86)=藤沢市在住=は、父・木枝さんを荷台に乗せた軍用トラックを見つけた。台湾南部の嘉義市。停戦交渉のため、軍が立てこもる飛行場に向かい、行方不明になってから2週間が過ぎていた。

 父は罪状が記された木の板を背負わされていた。走ったものの追い付けない。バン、バン。やがて、銃声が聞こえた。駅前の広場に着くと、父は血を流し倒れていた。まだ45歳の働き盛りだった。

 10日前には父を捜しに出た3歳上の兄・英哲さんが殺されたばかりだった。「わずか10日の間に父と兄を失った。悔しかった」

 「中国の兵隊は捕まえたら、すぐに射殺する。日本の警察官も軍人もそんな残酷なことはしなかった」。前後して中国本土から増援部隊が到着すると、鎮圧は陰惨を極めた。「中学生まで機関銃で撃った。針金で数珠つなぎにした人々を海に突き落とし、溺死させた」

 衝突に参加していなくても、木枝さんのような医師や弁護士、大学教授、教員といった日本時代に高等教育を受けたエリート層は特に狙われた。死者は2万人超といわれているが、真相は今もはっきりとは分からない。

 語れば投獄されるか、殺される。「2・28事件」は台湾社会のタブーとなった。

親日感情は「世界一」

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