
今夏の参院選で、安倍晋三首相は「憲法改正」を争点にすると明言した。改憲は、自民党の党是であり、首相自身の悲願と目される。昨年は憲法違反と指摘された「安全保障関連法」が強行採決の末に成立した。参院選で改憲の国会発議に必要な定数3分の2以上の議席を与党が確保した場合、戦後初の憲法改正が一気に現実味を帯びる。
政権の動きに対し、いま街場では二つの動きが加速している。アベ政治の暴走に危機感を募らせ、打倒に向けて動き出す人々。一方、政権を支持し、憲法改正へと機運を高める人々。安全保障関連法、改憲、そして安倍政権の是非が問われる国政選挙。
あなたは安倍政権を支持しますか。それとも支持しませんか―。半年間、両者の立場から、主に市井で活動する人々を追うとともに、決戦に向けた候補予定者らのうごめきも伝えていく。
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今夏の参院選で野党共闘を呼び掛ける市民勝手連「ミナカナ」が昨年12月、結成した。
ミナカナは「立憲民主主義を取り戻すため、野党共闘を応援する」という趣旨に賛同する市民の集まり。憲法違反と指摘された安全保障関連法が成立した後、危機感を強めた市民は手を携え、動き始めた。
暴挙
安全保障関連法の成立から2カ月余りがたっていた。2015年12月3日、横浜・みなとみらい21(MM21)地区。師走の冷たい雨が降る中、商業施設の大ホールは市民115人の熱気で満ちていた。
最初にマイクを握ったのは、横浜弁護士会の弁護士・太田伊早子だった。
「9月19日、安保法案が可決されて、多くの方が大変ショックを受けたと思う。私にとっても大変ショックな出来事でした。多くの人が憲法違反を叫んでいたが、簡単に通ってしまう。それが現在の日本の姿なんだ。放っておけば、誰も憲法違反の話をしなくなり、この違憲状態も憲法改正により合憲となってしまう。それが、いまそこに来る未来なんだということがはっきりと分かった」
太田は忘れていなかった。
「『だれももう騒がない。安保法制なんて違憲なんて言わない』と言った政府に対して、私たちの最初の思いは『悔しい』。そんな風に言わせて『悔しい』。それに反することを絶対にやりたいと思っていました」
隣には、一貫して安保関連法に反対してきた母親らの有志団体「ママの会@神奈川」のメンバー、石井麻美がいた。石井をちらりと見た太田は再び前を向き、続けた。
「私は、どちらかというと古いタイプで『ママの会やシールズ、かっこいいな』と思っていましたが、安保法制成立前までは特にそういった人と関わっていなかった。でも、9月19日を境に『あの人頑張っているな』ではだめだと思いました」
「ママの会とよく一緒に活動している弁護士の武井由起子さんが、私の司法修習時代のクラスメートでして『何か一緒にやりたい、やらせてほしい』と言ったところ、『とりあえず、ママの会に一緒に来たら』ということで、ママの会の活動に参加しました。そこで、急に思い付いちゃったんですが、もしかしたら合わさって何かやれば、もっと大きなものができるんじゃないか、と。何ができるかは全然分からなかったんですね。でも『まずは1回会ってみよう』と」
安保関連法の成立から約1カ月後の10月25日、横浜・中華街で市民らとともに円卓を囲んだ。
「『まずはみんなで会ってみよう』と。ただ、それだけを呼び掛けただけなんですが、30~40人ぐらいの人が集まったんです」
危機
円卓を囲んだ参加者は皆、民主主義、立憲主義、平和主義の危機を感じていた。
「立憲主義を取り戻すにはどうしたらいいのだろうか」。話題は、2016年夏に行われる参議院選挙に及んだ。
「参議院選挙で、議席の3分の2を現在の与党に取られてしまえば、憲法を改正される、と。これが、まさにあるそこにある現実ということが確認された。では、何をしなければならないのか。それを考え始めた」
立憲主義を守る。政府の暴走を止める。そのために、市民が手を携えていく。市民団体がつながっていく。初めて円卓を囲んだ日から1カ月半。2015年12月3日、115人の賛同者が一同に集まり、市民勝手連「ミナカナ」が動き始めた。
手元の資料にはこう書かれていた。
〈ミナカナ 「立憲民主主義を取り戻すため野党共闘を応援する」という1点に賛同して集まった神奈川県内を中心に活動している市民団体が手を携えた集まりです。特定の政党や政党を支持する団体によって設立されたわけではなく、また、特定の政党や議員、候補者を支持するものではありません〉

太田とともに、ミナカナ結成に動いた石井は言う。
「ママの会@神奈川として、いろいろなメンバーが、それぞれの場所でお話を聞いてきた。自民党の小此木八郎議員や坂井学議員、維新の篠原豪議員にもお会いしました。桜木町の街宣の後には、共産党の志位(和夫)さんとも少しお話をさせていただきました。今後も、民主党の福山(哲郎)議員や、牧山(弘恵)議員、小西(洋之)議員にお会いする話があって、蓮舫さんに会うことも決まっています。議員さんと会うだけでなくて、いろいろな意見を聞くことによって、私たちも本当に勉強になりますし、刺激にもなっています」
「ママの会@神奈川」は安保関連法成立後も、街頭に立ち続け、法廃止を訴えてきた。
「私自身は政治の問題に全くコミットしていなかったんですけれども、何十年もいろいろな活動をされて、真剣に考えていらっしゃったということに触れて、そういった方々が本当に優しく、いろいろなことを教えてくださることに感謝しています。大きな力を持って、私たちが神奈川の選挙を変えていって、私たちがそれぞれ思っている問題の解決につながっていくことを本当に願っています」
ワガコト
ミナカナの説明書きにはこうも書かれていた。
〈今回、はじめて政治的な問題にコミットした人たちだけではなく、これまで活動されてきたあらゆる市民団体の方々と手を携えながら、これからの未来につながる「選挙」のためにともに行動するプラットフォームであり、政治をヒトゴトではなく、ワガコトとして取り組む人たちの集まりです!〉
ミナカナには「かながわ、みんなで」の意味が込められた。太田は言う。
「思いの中でやはりあるのは、やっぱりたくさんの人とつながっていくということです。安保法制に関して『本当に許さないんだ』と。それに向けて『本気で活動していくんだぞ』と。プラカードを掲げて、デモに行き、盛り上げてくれた人たち。これまで、旗を持って頑張ってきた人たち。そういった人たちが、この国の70年の平和な歴史を担ったということについても敬意を払って『一緒にやっていくんだ』と。そういうことの決意をこめて、新しい名前として『ミナカナ』と付けました」
どこからともなく、拍手がわく。
「今日、これだけ多くの人が集まっていただいたということは『やはり多くの人もそれを求めている』と私たち自身は受け止めています。今日、この時間を、存分に『次に私たちが何ができるのか』ということについて、みんなで話し合っていけたらいいなと思います。そして、必ず、必ず、ここで終わることなく、私たちが必ず、次の行動につなげていく。そういう集まりにしたいと思っています」
=敬称略
