
「消費税を5%に戻し、買い物をしやすくします。これ以上、家計の負担を増やしません」。スーツ姿の男性候補者が体育館の壇上から声を張り上げた。政策への支持を訴える相手は選挙公報を手に演説に耳を傾ける高校生たち。昨年12月下旬、横浜市神奈川区の県立城郷高校で実施された「衆院選城郷高校選挙区」の投票の一こまだ。
もちろん、すべて架空の設定。県教育委員会が進めるシチズンシップ教育の一環で、3年生約270人が模擬投票を体験した。
候補者に扮(ふん)したのは、大学生でつくる「かながわ選挙カレッジ」のメンバー3人。顔写真や公約などが書かれた「選挙公報」を準備し、高校生に身近なテーマをと考え、消費増税や成人年齢などを主な争点にした。
実際の選挙で使われている投票箱や記載台が用意され、当選した候補者に投票した川口優太さん(18)は「仕組みが理解できて有意義だった。演説のうまさや人柄で選んだ」。
担当の松村功教諭は「もうすぐ本番をやるんだという意識付けが最大の狙い。どう候補者を選ぶかは成長する過程で学んでほしい」。今後は生徒の選挙運動や政治活動のルールについても教えていくつもりだ。
県教委は2010年から全県立高校で参院選の際に模擬投票を実施している。選挙期間中に各党の政策を比較し、自分の考えに近い候補者名や政党名を用紙に記入する。開票は実際の選挙結果が確定してから行い、結果は保護者も含めて外部には公表しない。
最も気を使うのが事前学習だ。教員は政党のマニフェストの一部を抜粋した比較資料の作成を禁じられ、生徒から政策についての質問を受けて解説する際も価値判断を含むコメントはしない。「政治的中立性を確保するためだ」と県教委は説明する。
では「中立」とは何か。戸惑う教員は少なくない。県立高校で公民科を教える50代の男性教員は「時の政府の解釈で『中立』が左右しかねない。政治に関する議論を避けようとする風潮が広がるのではないか」。すでに校内でそうした雰囲気を感じているという。
授業で現実の課題を扱うときは、議論の勝敗よりも互いの意見を理解することを重視する。意見が対立した際には自身の考えを示し、必ず対案を示して判断は生徒に委ねる。「身近な大人が政治を語らなければ、生徒にとって政治がますます縁遠い、面倒くさいものになってしまう」からだ。
昨年6月、安全保障関連法案に賛成する内容をツイッターに投稿した生徒が、反対意見を書き込んだ生徒の人格を否定する書き込みを繰り返し、学校側が仲裁に入るトラブルがあった。
教員は表情を曇らせる。「自分と異なる意見に耳を傾けることで、自分の考えを深められる。教員が政治的であるのと、政治を語るのは違う。もっとおおらかに受け止められる環境が必要だ」