台風が過ぎ去ったその朝、交通網は乱れていた。「電車、止まってるよ」。寝そべってテレビを眺めていた母親(85)が知らせてくれた。次男(54)はうそをついた。「きょうは出かけるの遅いんだ。出張だから」
起床してすぐ、決意を固めていた。「きょう、やらなきゃ」と。勤務先にメールで欠勤すると連絡した。
母親の背後から、のど元に両手を伸ばした。力任せに押さえつけられた母親は、障子を蹴破ってもがき苦しんだ。さらにネクタイできつく締め付けると、動かなくなった。
2018年10月1日。この5分余りで、川崎市高津区に2人で暮らす母子の日常は暗転した。殺人罪に問われた次男は、ことし6月に横浜地裁で開かれた公判で、一線を越えるまでの葛藤を語った。
動機「わかりません」
母親は認知症の診断や要介護認定を受けていなかったが、5カ月前から衰弱が目立っていた。吐き気に日夜さいなまれ、2年前に先立たれた夫のもとへ「早く行きたい」、「死にたい」と次男だけに漏らすようになった。
次男は「父がいなくなり、目に見えて寂しそうだった」と顧みる。付き添う通院先は増えても、「頼まれれば、なるべく世話してあげたかった」と介抱をいとわなかった。
「母がいなくなればいいと思ったことはありません」と明言しながら、殺害の動機は「わかりません」と沈黙した次男は、法廷で泣いていた。弁護側の依頼で心理分析した精神科医は「母親を長い苦しみから解放してあげたいという深い『親孝行』と自己犠牲」と解釈したが、判決は「裏付けの乏しい推論」と退けた。
「人生100年時代、高齢者の命の尊さが問われている」。検察官がそう強調した公判だったが、ついに動機を見いだせないまま、懲役7年6月の実刑が言い渡された。
70歳現役描く青写真
総務省の人口推計によると、日本の総人口に占める70歳以上の割合は18年に初めて2割を超え、2618万人に達した。国立社会保障・人口問題研究所は、36年には3人に1人が高齢者になると推計する。