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参院選2022
【参院選・第一声詳報】深作ヘスス氏(国民民主党)

選挙 | 神奈川新聞 | 2022年6月23日(木) 17:40

深作ヘスス氏

 ついにこの公示日を迎えました。私は3月18日に神奈川県庁で記者会見をいたしました。この夏の参院選。この日本を良くするために、この厳しい戦い、厳しいけれども、この神奈川県から、そしてこの国民民主党から挑戦をする。その表明をいたしました。それから約3カ月がたとうとしています。これまで、本当に多くの皆さまに支えていただきながら活動ができたこと。そして、本日このように初日を迎えられたこと。まずもって皆さまにお礼申し上げます。本当にありがとうございます。

 今回この公示日にあたり取材を受け「公示日ですがどんな気持ちですか」と聞かれました。改めて私の心の中を考えてみますと、やっとこのタイミングがきた、機が熟した。このように感じています。私はアメリカの日本国大使館でこの外交の現場。これを目の当たりにし、自分自身がこの外交に人生を懸けたい。このように思ってから、はや10年近くたちます。

 この10年間、自らがこの国政の壇上の場を目指すために、必要な現場を踏んでまいりました。アメリカの連邦議会下院議員では、アメリカの立場で、この日本を含むアジア太平洋地域をどのように平和を維持していくのか。外交・安全保障、日米関係。そういった現場に身を置いて、こんな日本の平和と安定を守りたい。しかしながら、私自身、外交・安全保障を掲げているものの、私たちが暮らすこの生活についてももっと見識を深めなければいけない。その思いで政治の師でもあります埼玉県の大野元裕知事に、ぜひ知事の下で働かせてくださいと、直接お願いをいたしました。

 ちょうどコロナ禍が始まった直後でした。コロナの中で、政治や行政が私たちの生活をどのように良くしていくのか。政治が答えなきところに、どのように答えを作っていくのか。目の当たりにしながら仕事をしてまいりました。志を抱いてから、はや10年。この間、私は自らが見るべき、学ぶべき、こういった現場を踏みながら今日まで待ちに待ち焦がれていました。やっとこの場を迎えられることを本当にうれしく、わくわくしております。

 先ほど鈴木敦衆議院議員からもありました。私は37歳。人生のほとんどを「失われた時代」の中で過ごしてきました。しかし、私たちの青春は1回も失われてはいない。それなのに勝手に私たちの世代は「失われている」と言われている。私たちには青春があった。楽しい時間があった。そして私は家族を作って、今、1人の娘を育てています。私は、私の人生は、私たちの人生は一切失われていない。

 しかしながら、数字で見れば、この日本、給料が伸びない状態が25年以上にわたって続いている。そして、実際に不況という時代が30年以上にわたって続いている。私たちはこの「失われた時代」の間、自らどのように幸せでいられるのか、これを追求しながら必死に生きてきました。その間、政治は何をしてきたのか。政治の責任はどこにあるのか。これまで取ってきた経済政策。これをただ私たちが批判をするのではなく、対案を提示して前に進めていく、これをやりたい。

 私自身、この外交・安全保障という場に身を置きながらも、やっぱり私たちの生活、私たちの食卓に届くような、そういった政治をやっていかなければいけない。大野埼玉県知事の下で、改めてそれに気づかされました。

 先日、街頭活動をしていたときに「深作さん。あなたの掲げる最も重要な政策は何ですか」と聞かれました。私はとっさに三つあります。そう言ったときにその方が、「いえ、一番大事なことだけ教えてください」。そのようにおっしゃいました。少し置いて私も考えて、何のために自分がこの夏の参院選に挑戦しようとしているのか。それを考えたときに改めて気づいたこと、それは当たり前の日常を家に帰って今日も幸せだな。明日もこんな一日が続くといいな。こういう日常を日本国全員が感じられる、そういった社会を作っていくために生きていきたい。それを改めて感じました。

 政治はさまざまな課題があります。財政、金融、外交・安全保障、さまざまなテーマがあります。しかしそれは全て私たちの生活を良くするため。私たちが生きていて、この国に生まれて良かった、このように思えるために全ての仕事をしていかなければいけない。だからこそ私は、自分の娘に10年後、あなたはこの国に生まれて本当に幸せだよ。そう言えるこの国を作っていきたい。人のせいにするのではなく、自らその道を切り開いていきたい。その思いで今、この場に立っています。

 3月の半ば、玉木雄一郎代表に連絡をし、国民民主党から挑戦をしたい。その思いをお伝えしました。代表からも本当にうちでいいのか。そのように言われました。私自身、政治に近い立場でこれまで仕事をしてきて、さまざまな政党が掲げる理念、政策、これを見てまいりました。

 しかし、現実的に政策を前に進めようとしている。私たちの国民生活を見ている。それは、私は国民民主党しかないと強く思っています。その思いを玉木代表にお伝えをしました。今この選択をしたこと、改めて良かったと本当に心から思っています。

 支持率は2%。他の政党から出た方が絶対に国会になりやすいよ。なんで国民民主党なの。私が20歳になって選挙権を得て初めて選挙に行ったとき、どうやって政治家を選べばいいか分からなかった。その中で私がやったことを今も後悔しています。自分が勝ち馬に乗りたかった。自分が投票した候補者に当選してほしかった。その思いから、何期も重ねている。そういった議員に投票しました。

 しかし今回、私は最も厳しい。誰もが国民民主党は本当に大丈夫か。選挙のたびに存続の危機、そのように言われる政党。そこから立候補しています。それはなぜか。それはこの国民民主党を信じているから。そしてこの私たちが掲げている「対決より解決」。ただ批判をするだけの政治ではなく、解決をしていきたい、私たちの生活を一つでもいいから良くしていきたい。

 まだまだ小さな政党です。国会の場には23人しかいない。けれども皆さまもご承知の通り、私たちは実現をするために、身を打ってでも一つでも政策を前に進めるためにこれまで活動してきた政党です。この夏の参院選に向けて、私はこれまで12時間駅頭活動というのを続けてまいりました。昨日までに45日間、12時間連続で立ち続けました。600時間を超える間、多くの人とも対話を続けてまいりました。体調を崩しそうになったことも、体力がきつかったこともあります。日差しが強く、この中で12時間きついな、思ったことも正直あります。

 でもそのときに私が自分に言い聞かせたこと。ここに立ち、12時間で新しい人に出会うことで、その人たちの生活、そして私たちの国を良くすることが少しでもできるのだったら、私も魂、そして体力の持つ限り、全てを投げ打ってでもこの活動を進めよう。この思いで、本日まで600時間以上駅頭に立ってまいりました。

 新人候補。この神奈川全県区という大きな選挙区で、誰も知らない、深作ヘスス。この名前を届けていくことでさえ難しい。このように言われていたこの選挙戦。そして、私自身の政治活動もそうです。しかし、小粥康弘県連代表からもありました通り、どんどんとさまざまな人が「おお、ヘスス。今日もいるのか」「ヘスス、頑張っているな」。それだけではなく、さまざまな方が目の前に立ち止まり、ご自身の政治への思い、生活でのお困りこと、そういったこともお聞かせをいただきました。私も知らないさまざまな社会課題。これを現場で皆さまにもお聞かせいただきました。

 政治は対話から始まる。改めて、この600時間の駅頭活動を通じて、私自身、改めて体得をいたしました。しかしその声を、国政の場に政策に、皆さんの生活に届けるためには、この18日間で、私自身が国政の場。この議席を取らなければいけません。

 まだまだ厳しい選挙戦。これまで政治の現場を必死にやっていれば、多くの奇跡が起きる。そういった選挙でもあります。私自身、どの候補者よりも現場に立ち、どの候補者よりも多くの声を聞いてきたとの自信があります。この夏の参院選。私自身が掲げている政策は三つ。先ほど申し上げた、私たちの生活を守るために給料を上げていく。25年以上に渡って伸び悩んでいるこの賃金を上げていく。私たちの食卓に届くような政策を、そして私自身、外交・安全保障の現場。当時のオバマ大統領や、バイデン大統領の会談の現場、こういった場所に同席をしながら仕事してまいりました。日本の役割が何か。さまざまな脅威が取り巻くこの日本を、どのように私たちが守っていくのか。現場を知る実践者としてしっかりと政策でお伝えをしたい。

 そしてもう一つ、私たちの未来を作っていきたい。政治はあまりにも今の課題ばかりに声が上がっているようにも思います。もちろん今、目の前にある課題。これを解決していく、これも重要な役割があります。しかしながら、この私たちの未来の日本を、どのように作っていくのか、この青写真を描いていく、日本が持っている資源は何か。日本の特徴は何か。私たちの国が国際社会の中でどのような役割を果たしていくべきなのか。こういった青写真を描き、それに向けて一歩一歩前に進んでいくのが政治の役割だと考えています。

 この日本は30年以上にわたり、人や科学技術への投資を怠ってきた。中国が30倍、アメリカの何倍も伸ばしている中、日本は0・9倍、10%減らしました。この天然資源もないこの日本において最も重要な資源、それは私たち国民一人一人です。その国民一人一人に投資をしていく、そんな当たり前のことをこの地元神奈川県から訴えていきたい。この夏の参院選、最も若い候補者となる見込みです。

 37歳。この夏の参院選は、いわゆる選挙に出る権利、被選挙権は30歳から与えられます。しかしながら37歳で最も若い候補者となる。今、ちまたでは若い人は政治に関心がない、そのように当たり前に言われます。しかし、現場に立っていると、多くの若い人から困りごとや政治への思い、それを聞かせていただきます。そこで気づいたこと、若い人が政治に関心がないのではなくて、政治が若い人に関心がないんだ。だからこそ、私自身も若い世代として、私たちにしか見えない世界、私たちにしか見えない課題。これに向き合っていく。この「失われた時代」と勝手に言われたこの時代から脱却をしていく。そのために、全ての体力、魂、思いを込めて、この18日間を走りきりたい。そんな思いで本日、この関内駅前、皆さまの元にやってまいりました。

 記者会見をした直後、私は居ても立ってもいられず、街頭活動をしたいとの思いで国民民主党ののぼり1本。それだけを持って地元の宮崎台という小さな駅に立ちました。この宮崎台駅、たすきもありません。チラシもありません。のぼり1本。まだ0歳の娘を抱え、家族が集まり友人が手伝ってくれて、本当に10人程度の小さな所帯で、深作ヘスス、深作ヘススと、そのように活動を始めました。

 前職で大野埼玉県知事の下で、全県区で戦うことがいかに大変か、これを目の当たりにしてまいりました。宮崎台の駅に立ち、赤子を抱えた妻が、私の名前を叫んでいるの見て、本当にこれでやっていけるのか。本当に不安になりました。しかし本日、このように多くの皆さんにお集まりをいただいて、このように、壇上に、この土俵に乗せていただいていることを本当にうれしく思います。4月の終わりには連合神奈川の皆さまにも推薦いただきました。私自身も働く世代として、働く仲間たちがどのように安心して暮らしていくことができるのか。私の友人、みんな現役です。そういった人たちが安心をして暮らせる社会をつくっていくこと。この連合神奈川の皆さまとともに、この声を国政の場に届けていくこと。600時間駅頭に立つ中で、改めてこの覚悟、決意をしているところです。

 最初は、戦うことさえ難しいとも思ったこの戦いが今や、少しずつ渦となって、この関内駅から最終コーナーを回ろうとしています。しかしながら引き続き、本当に厳しい選挙戦。思いもあります。体力もあります。しかし知名度も、まだまだ思いが届け、声が届けられていない。これをこの18日間しっかりと克服をする。そして私のために集ってくださった、これまで一緒に活動してくださったその人たちの思いも必ず国政の場に届ける。その思いで本日、この第一声、迎えさせていただきました。

 改めて多くの皆さまにご協力をいただいていることを感謝するとともに、私自身がこれまで培ってきた経験、そしてこれまで見てきた課題、これを解決をするために、この国政の場で仕事をさせていただくために、今日からやっと言えます。

 ぜひ、皆さんの1票を、この深作ヘススに託してください。必ず、無駄にしないよう、一歩一歩、歩いてまいります。皆さんの貴重な1票、深作ヘススに、国民民主党に託してください。本当に本日は多くの方にお集まりいただきまして、誠にありがとうございました。

 最終、最後まで走り抜けてまいります。引き続き、よろしくお願いいたします。ありがとうございました。
(関内駅前)

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