川崎発祥とされる「長十郎梨」ゆかりの新品種開発に、生産ノウハウのない市民グループが挑戦している。農家や研究機関の協力を得て、別の品種と交配した果実から種を採取。これを10年以上かけて果樹へと育てていく息の長い取り組みだ。川崎市内では年々、栽培面積が減少しており、関係者は「50年、100年先の市民に、川崎が梨の産地だったことを伝えたい」と話している。
自前の畑がなければ、育種や栽培の専門家もいない。ほぼゼロからのスタートだが、早くも品種名だけは「かわさき」と決めている。
ユニークな挑戦を始めたのは、多摩川流域の自然や歴史、文化の発信に努める「多摩川クラブ」(中本賢代表)。市南部の大師地区が発祥とされ、現在はほとんど市場に出回らない希少種、長十郎を地域活性化のシンボルにしようと、植樹や収穫体験イベントなどに取り組んできた。
メンバーは多摩区の生産農家「嘉乃園」の太田隆行さんに掛け合い、今春に長十郎と県産品種「菊水」を交配。このほど収穫した果実から500個ほどの種を採取した。これを2、3年かけて苗木に育て、既存の果樹に接ぎ木する形で新品種誕生につなげる。
県農業技術センター(平塚市)の職員から接ぎ木の技術指導を受けるなど、準備は着々。ただし、期待通りの品種が生まれるまでに数百本の接ぎ木が必要といい、枝を立派な果樹に育てていく根気も試される。同センター担当者は「一般的に『育種10年』といわれる世界。時間がかかる上に狙った品種ができにくいのも梨の育種の特徴」と話す。
JAセレサ川崎によると、2013年度の梨の栽培面積は約2920アールで、3年前の10年から1割ほど減少。担当者は「後継者がいなかったり、都市化の影響で栽培しにくくなったりと、要因はさまざま」としており、長十郎を扱う農家も数えるほどだ。
「やがて川崎から梨畑がなくなる時代が来るかもしれない。貴重な町おこしの資源を後世に残したい」と同クラブの阿部英夫さん。来月上旬には、川崎区内で種まきイベントを企画し、新品種開発の試みを本格化させる考えだ。