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未来への処方箋 藻谷浩介さんに聞く(下) 恩を売り安心感得る

経済 | 神奈川新聞 | 2014年5月12日(月) 16:42

藻谷浩介さん
藻谷浩介さん

ベストセラー著書「デフレの正体」に続く「里山資本主義」で「マネー資本主義」の限界を説いた日本総合研究所主席研究員の藻谷浩介さん。今後、急激に高齢化が進む神奈川にこそ、持続可能な社会づくりのヒントがあるという。

-「デフレの正体」では、生産年齢人口の減少から日本経済の現状を分析しました。

「人口が減っていくことには、エネルギーや食料の自給率が高まるといういい面もあります。ただし、数が多い戦争前後生まれと、その子どもにあたる昭和40年代生まれが亡くなっていくまでの向こう半世紀は、高齢者の数は減りません。やがて人口の3人に1人を占めるこれら高齢者の生活の安定のためにも、そして子育て世代の負担を楽にするためにも、生活が便利になる中で消えかけてきた物々交換や自給自足の原理を、もう一度暮らしに取り入れることが重要だと考えています」

-提唱しているのが里山資本主義です。

「お金ですべてを調達しようとするマネー資本主義に対し、生活の中にお金に依存しない部分も復活させてはどうかというのが里山資本主義。マネー資本主義に取って代わろうというのではなく、保険のようにバックアップ手段として持っておくべきだというマイルドな主張です。自分でまきを燃やしたり、家庭菜園を営んだり、あるいは近所付き合いの中で互いに『手間返し』をするといったことを増やすことで、天災などのリスクへの耐性が強まり、社会の安心感も増します。その分、金額換算される取引が減ってGDPは縮小しますが」

-安心感ですか。

「安心感がない社会は住みづらい。東京や神奈川と地方の県を比べると、出生率もお母さんが働いている率も、地方の方が高いのです。農漁村になると保育所も余っており、子どもの面倒をみてくれるおせっかい焼きも多い。物価や家賃が安い上に共働きしやすいので、給与水準は低くても世帯当たりの可処分所得は高い。これが安心感を生みます」

□都市成長の幻想

-対して都会は。

「首都圏は元気で地方は衰退の一途、というのはまったくの思い込みです。都会は出生率が低いので子どもも減ってゆき、数少ない田舎の若者を上京させても現役世代の減少を止められない。他方で高度成長期からバブル期にかけて多数の若者を受け入れたので、当時の若者の加齢に伴い、これからは高齢者だけが爆発的に増えていく。2010年からの30年間で、65歳以上の人口は神奈川で1・6倍、東京で1・5倍になる。ちなみに高知では増えず、秋田では減る。高齢化率ではなく高齢者の絶対数を直視すれば、病院や福祉サービスが不足して困難に陥るのは田舎ではなく首都圏だと分かります」

-高齢者も田舎の方が安心に暮らせると。

「田舎に実家がある人は、退職後まだ元気なうちに帰郷しておくというのもありですね。ですが、里山資本主義は都会に住みながらでも十分に実践可能です。谷戸田(やとだ)と言われるような谷あいの田んぼは横浜市内にですらたくさんあります。市民農園として活用されている部分も多い。体験農業をさせてくれる団体も、相模原市緑区の藤野地区などが有名ですが、県内には無数にあります。そういう場所に畑でも借りて通えばいい。そこまでせずとも、庭やベランダで野菜を育ててもいいでしょう。作物も取れすぎて余ったら、近所に配って恩を売ればいいのです」

-恩を売る、ですか。

「大事なのは『恩送り』。対価を直接やりとりするのではなく、誰かのおかげで助かったら別の人に恩を送ること。そうすれば『手間返し』があるかもしれない。うちで採れたリンゴだ、ミカンだ、とおすそわけがあるかもしれません」

-生きていくのに必要なのは金か、それとも食べ物か、という根源的な問いでもあるようです。

「真面目に勉強をしてきた人ほど、かけた労力や努力にリターンが直ちにもらえると思い込んでいる。経済学でいうところの等価交換です。でも、実際の社会は等価交換で成り立っているわけではなく、『恩送り』が相当の部分を占めています。困ったことに、受験も就活も隣がつまずけば自分が受かる。恩を送っている場合ではなく、『他人の損が自分の得になる』というような感覚になりがちです。そういう競争をさせられて育ってきたお受験エリートほど、自分の得にもならない場面で他人の幸福を摘み取ってしまおうと条件反射的に行動してしまう。そういう習慣をゆっくり脱していかなくては」

□自立へのヒント

-里山が果たすエネルギー面での可能性についてはオーストリアの例を挙げている。

「オーストリアは日本同様、地下資源に乏しい先進国ですが、エネルギーの3割弱を、水力や木質バイオマスなど、再生可能エネルギー(自然エネルギー)で自給している。それができたのも林業に力を入れたから。国産材を集成材に加工し、発生する木くずを燃料にするサイクルが出来上がった」

「いま欧州では、集成材を骨組みに使った7~9階建ての木造高層建築が急増しています。日本人の設計した最新事例もある。でもその日本では、木造なんて古くさいという先入観が払拭(ふっしょく)されていません。木造高層建築というアイデア自体、欧州ではなく、奈良や京都の世界遺産から発想されたものなのですが」

-東京電力福島第1原発事故により、エネルギー問題への関心も高まりました。

「各地で再生可能エネルギーの導入を模索する動きが出始めている。県内でも、小田原市などで太陽光発電を柱にした官民一体の取り組みが進んでいます。かつての関東大震災の震源地として、富士山の近隣地として、必然性も大きいのです」

「箱根周辺では地熱発電も有効です。地熱発電が温泉を枯らすというのは、東北や九州の事例を見ればわかる通りまったくのデマ。山林が豊富な丹沢周辺では木材を利用したバイオマス発電にも可能性がある。地域内で資源を循環させ、安心と地域経済の自立をもたらす里山の生活には大きなヒントが潜んでいると思います」

-オーストリアは経済規模も人口も神奈川県に近いそうですね。

「そうです。里山というのは決して時代遅れではなく、最先端。その事例は神奈川にも存在している、ということです」

■「里山資本主義」(角川oneテーマ21)

NHK広島取材班との共著で、経済成長を前提とした「お金がすべて」の経済観のリスクと限界を指摘。物々交換や自給自足など金銭に換算できないものの価値を示し、水や食料、燃料を身近な里山で手に入れられるような持続可能な社会システムの重要性を訴える。

例に挙げるのは、木の枝を燃料にした「エコストーブ」や製材過程で出される木くずでバイオマス発電に取り組む製材工場など。地域内で資源を循環させ、安心と地域経済の自立をもたらす里山の暮らしは、震災時でも機能する「バックアップシステム」としても大きな意味があるとしている。

不安を和らげる生活は少子化を食い止める力を持つほか、「健康寿命」を延ばすなど、社会が直面する問題を解決に導く可能性があると論じる。

【神奈川新聞】

 
 

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