
「とにかく従業員の命と健康を守らなければ」。新型コロナウイルスの感染拡大が始まった3月。神奈川日産自動車(横浜市西区)社長の横山明は、かつて経験したことがない事態に直面していた。
自動車ディーラーにとって、新車の販売は事業の根幹だ。来店型が基本であるはずだが、神奈川日産が展開する県内約60店舗に新車を求めてショールームを訪れる客はほとんどいなくなっていた。
一方で政府が緊急事態宣言で自動車整備業を休業要請の対象から除外したことから、各店舗の営業は継続。人数を減らした体制で、車検や点検で来店する顧客を迎えた。業界団体からは「自身と顧客の健康を最優先にして国民の生活と安全を支える誇りを持って日々の業務に精励されることを祈念する」との声明が発表された。
「こんな危険にさらしてまで営業するのか」。現場の声を吸い上げると、従業員の家族からは厳しい声も上がった。営業を続けることへの葛藤に悩んだが、車検や点検は自動車大国である日本にとって車の安全性を確保する土台だ。「売り上げや実績は抜きにしようという決意をこの時点でしていた」と振り返る。
営業時間の短縮や、テレワークの推進、ショールームの感染症対策…。「ありとあらゆるところに制限をかけた」一方、家族から感染した従業員や感染の可能性がある従業員がいた店舗の一時閉店を余儀なくされることも経験した。
神奈川トヨタ自動車がまとめた4~5月の県内の新車販売台数(軽自動車含む)は、前年度比3~4割減と大幅に下落した。いずれもリーマンショック後の2009年や東日本大震災があった11年と並ぶか、下回る水準を記録。いまだに本格的な回復の道筋は不透明感が漂う。
姿も見えない未知のウイルスとの終わりの見えない闘い。「とにかく感染の可能性を限りなく低くしていく努力が欠かせない」と横山は言い切る。一方でこうも漏らす。「何が正解なのか分からない中でやる恐ろしさがある。やれることを全部やるしかない」
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社会の景色を一変させた新型コロナウイルスは小売業界にも牙をむいた。われわれ消費者と最も身近な現場で一体何が起きているのか。消費や生活の価値観が急激に変化する中、苦闘と苦悩を重ね激動のうねりに立つ業界の今を追った。=敬称略