
起業して3カ月という30歳が、居並ぶ投資家たちをうならせた。
横浜市内で2月20日に開かれたベンチャー支援企画。ウィルボックス(横浜市西区)代表取締役の神一誠(かみもとなり)は恐縮しながら明かした。
「村田さんに話の運び方を学んだおかげです」
神奈川のベンチャー業界でその名を知らぬ者はいない。デロイトトーマツグループの村田茂雄(37)はそう評される。
大学卒業後に銀行員として起業家と向き合うも、「融資がゴールになりがち」な実情に歯がゆさを募らせた。長く険しい道のりを伴走するため、2014年に現在の職を得た。
支援歴は通算で15年を超え、起業がテーマの書籍も出した。理想の寄り添い方は「『知らない』をゼロにする」姿勢と心得る。
いくら頭脳明晰(めいせき)な経営者も、情報がなければ行動は限られてしまう。だから一つでも多くの選択肢を提示する。助言はしても、判断はしない。優しく、温かい視線が「教え子」の成長を促す。
そんな村田が請われて通うベンチャー支援拠点が横浜・関内にある。
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「次世代を担う企業をここから羽ばたかせたい」
昨年10月、横浜市が現市庁舎前に開設した「YOXO BOX(ヨクゾボックス)」で、市長の林文子(73)は高らかに宣言した。
関内地区をベンチャーの集積地と位置付ける市は、大手資本との共鳴による「イノベーション都市」の実現をうたう。
資生堂に京セラ、村田製作所、LGエレクトロニクス・ジャパン、ソニー…。
名だたる企業の研究開発拠点が関内の隣接地、みなとみらい21(MM21)地区にそろいつつある。業種の垣根を越えた交流をはぐくみ、新たなアイデアを創出する。そんな理念が共感を呼び、進出が加速している。
そこに新進気鋭のベンチャーが加わって「化学反応」が起きれば、未知のビジネスモデルが生まれ、さらなる人材と投資を呼び込める─。市が描く青写真は、米シリコンバレーで確立された成長の構図と重なる。
「両地区を経済成長のエンジンにしたい」。市新産業創造課長、高木秀昭(56)の言葉に熱がこもる。
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「東京は別格です」
各都市が競い合うベンチャー誘致の実態について、県産業振興課担当課長の長沢恒(52)はそう話す。
その吸引力は絶対という。事業の成長に欠かせない人脈、拠点、資金、そして情報の全てがそろう。
調査会社のイニシャル(東京都)によると、18年に4千億円を超えたベンチャーへの投資額のうち、8割近くは東京に集中した。都道府県別で2位につけた神奈川ですら、5%にも満たない。
そんな枠組みを打ち破るため、県は横浜市とは別軸の支援策に乗り出した。県内13の大学と起業家教育の推進を掲げ、昨年11月には活動拠点の「HATSU(ハツ)鎌倉」を設けた。
「実力のある学生に、就職ではなく起業という選択肢を提示したい」。長沢は狙いを語る。
その挑戦を支えるため、横浜を拠点に奔走する村田は言う。
「神奈川にはチャンスがある」
都心へのアクセス、割安な賃料、そして研究開発機能の集積を強みとみる。
「これを生かせるかは、われわれ次第です」。その言葉に、支え手としての決意がにじむ。
起業はもはや、限られた人材だけの選択肢ではなくなりつつある。
リスクマネーへの意識変化が投資を呼び込み、支援体制の構築がプレーヤーを後押しする。そして、その舞台を「独り占め」してきた東京に負けじと、神奈川、とりわけ横浜が名乗りを上げた。
この地で産声を上げたベンチャーが社会の常識をひっくり返す。そんな日がいつか、来るかもしれない。
=敬称略