
ホームに降り立った相模鉄道(横浜市西区)の運転士は、緊張の面持ちで深々と頭を下げた。待ち受けていたJR東日本(東京都)の乗務員が敬礼で応じ、列車に乗り込んでいく。運転士は口を真一文字に結んだまま、その背中をじっと見詰めていた。
今月7日の試乗会。報道陣を乗せた相鉄の新型車両が、開業前の羽沢横浜国大駅(同市神奈川区)に止まった。ここから新宿方面へ向かうため、JRの乗務員と交代する。そのたった数十秒の場面に、相鉄の積年の悲願が込められていた。
相鉄とJRの直通線が30日に走りだす。新宿駅まで乗り換えなしでつながり、相鉄にとって「遠かった東京」がぐっと近づく。
2017年に創立100周年を迎えた相鉄グループ。鉄道や不動産、流通、ホテルと事業は多岐にわたり、売上高は2600億円規模を誇る。
しかし、そんな大企業でも安穏としてはいられない時代になった。減り続ける人口をいかに沿線へ引き寄せ、収益を安定させるか。鉄道各社がしのぎを削る中、相鉄にはどうしても足りない武器があった。
それは「東京都心を走る路線」だった。相鉄は首都圏の大手私鉄9社で唯一、都心に乗り入れていない。他社に打ち勝って沿線に住んでもらう上で、決定的な弱点だった。
「周回遅れの危機感があった」
グループを束ねる相鉄ホールディングス(同市西区)社長の滝沢秀之は明かす。だからこそ、東京都心への進出にかける思いは強い。
「100年に1度、最初で最後のチャンスだ」
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相鉄は横浜-海老名間を結ぶ「本線」と、途中駅の二俣川から湘南台駅へ向かう「いずみ野線」で構成される。
「相鉄・JR直通線」は本線の西谷駅と新設された羽沢横浜国大駅を経由し、JR東海道貨物線に入る。20分弱をかけて武蔵小杉駅に着くと、横須賀線と埼京線で大崎や渋谷を通り新宿駅に到着する。一部列車は埼玉方面まで走って行く。
1日の運行本数は上下線計92本。朝の通勤ラッシュ時は1時間に4本、それ以外は2~3本が走るダイヤが組まれた。例えば二俣川-新宿間は最短44分でつながり、横浜駅などで乗り換えるより15分ほど短縮される。
直通線のために新たに敷かれた線路は約2・7キロ。事業費約1114億円は鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構、同市中区)が肩代わりし、相鉄が利益の一部で返していく方式が採られた。これによって相鉄の初期負担が軽くなり、早期の事業化が可能になった。
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相鉄は直通線開業から来年3月末までの約4カ月間で、利用者が278万人に上ると見込む。年間の輸送人員で考えると3%以上ものプラスを生む計算だ。
予測では増員の8割以上を定期券利用者が占める。特に東京方面へ通う就業・就学者のうち、バスなどで自宅最寄り駅として2路線以上を使える人の一定数が他社から相鉄に切り替えるとみる。こうした動きは、先行事例を踏まえると3年間は続くという。
直通線はより長期的にも恩恵をもたらす。居住地としての沿線の競争力が高まり、引っ越し先の候補にする人が増えるためだ。
その効果は既に表れている。
「新宿に営業所があるので直通はありがたい」
昨年完成した二俣川駅直結のタワーマンションに住むメーカー勤務の原寛明(48)は、直通線の開業を見越して横浜市内の社宅から転居した。新宿までの通勤時間は以前より20分ほど短くなるという。
直通線の分岐駅となる西谷で相鉄グループなどが手掛けた一戸建て分譲地。「購入の決め手は直通線でした。夫も私も通勤で利用します」。公務員の二本柳麻美(37)は30日の開業を待ち望む。
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相鉄と東京都心が「新たな軌条(レール)」でつながれる。22年度下期には東急電鉄(東京都)との直通線も走りだす。これを機に沿線へいかに人を呼び込めるか。挑戦の現場を追った。