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ノジマ社長・野島廣司さん(4)
ドキュメント経営者 「失敗してもやるんだ」、肉親との別離と成長

経済 | 神奈川新聞 | 2017年10月20日(金) 13:17

新潟県を地盤とする家電量販店「真電」の吸収合併を発表する記者会見に臨む野島氏(右)=2006年10月、東京証券取引所
新潟県を地盤とする家電量販店「真電」の吸収合併を発表する記者会見に臨む野島氏(右)=2006年10月、東京証券取引所

 会社を救ったオーディオ部門の復活。1982年には3店舗目として当時、全国初となる郊外型のAVC(音響・映像・コンピューター)の専門店、相武台店を相模原市内に出店する。

 「非常識な方が目立っていいんだ、と信じていました。でも多額の借り入れもあり、『失敗したら大変なことになるぞ』と。それが伝わり、社員も自然と必死で知恵を絞り出すようになっていきました。他社のまねではなく、お客さまに喜ばれることをする。当社の良さになっていきました」

 専門分野を絞った戦略は評判を呼び、初年度で損益分岐点を達成、3年目には投資額を全て回収する。

 さらにこの頃、会社の成長に弾みをつけるのが、同じ業界では先駆けとなった販売時点情報管理(POS)システムの導入。売上金の管理から、売れる商品がいち早く正確に分かるようになり、販売政策や業績向上に貢献。多店舗運営にも踏み出せるようになる。

 89年には売上高が100億円を突破する。そして、社名が今の「ノジマ」に変更となる91年、「人生で忘れられない」と振り返る事件が起きる-。

 「会社が絶好調のさなか組織変更が行われました。入社以来、課長だった私は専務に。ですが、それは形式的なこと。常務となった弟、隆久の下に全部門が入り、知らないうちに部課長人事も出され、全く違う組織となった。それまで私が実質仕切る中、母親が私の力をそごうとした。社員たちも反対しなかったからクーデターだと思った」

 裏切られた思いから組織に関心は薄れ、最終的に店長会議にも出なくなる。

 「そんな折、他社からスカウトが来たので取引行の人に相談に行った。すると『あなたが正しかったら必ず業績は悪くなる。そのときには復権するから、短気にならないでゴルフでもやっていたらどうか』と」

 どうにか忠告を受け入れ、手に取ったことのなかったゴルフクラブを握り、持て余す時間で本の虫となった。メーカーの人間と会うことも絶やさずにいた。

 「そうこうしていると自分にも悪いところがあったんじゃないかと思えるようになった。それまで僕は『人を使う』という感じだった。若くて野心もあったから。ああせい、こうせい、と店長や幹部を叱って。社員を育成できていなかった自分が悪かったのに」

 同じくして会社は急速に勢いを失っていった。不振の打開策を巡って開かれた会議の途中、ついに幹部が自宅まで呼び戻しに来る。

 「『それ見たことか』と言葉をぶつけようかと思いましたが、しませんでした。気持ちが離れた空白の期間にいろいろな人に会い、多くの本を読み、自分を見つめ直す機会が与えられていたからだったと思います」

 午後8時から加わった会議は深夜まで続いた。

 「『お客さんに喜ばれることを全員でもう一度やろうよ』と話しました。社内では名前で呼ばれていましたので、最後には『廣ちゃんの言う通り、やってみようよ』となりました」

 仕事復帰し、94年に社長に就任。就任翌月の社報にはこう決意をつづった。

 〈特に私は仁を強め、今までと一味違った自分に変わります。私はみなさまを信じ、みなさまに信じられるよう行動します。又、みなさまの行動のスピードが少し遅いと感ずる時でも、ゆっくり話を聞かせてもらう時間を持つようにします(中略)みなさま、この大きな変化をのりこえて、自分の成長と会社の成長とを目指し行動していきましょう〉

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