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富士通ゼネラル社長・斎藤悦郎さん(2)
ドキュメント経営者 戸惑いの海外初ビジネス  まずは人を売り込め

経済 | 神奈川新聞 | 2017年9月13日(水) 16:17

香港駐在時代にビジネスパートナーと(左端が斎藤さん)。異国での営業活動では、分け隔てない人付き合いを重視した=1990年
香港駐在時代にビジネスパートナーと(左端が斎藤さん)。異国での営業活動では、分け隔てない人付き合いを重視した=1990年

 1981年、英語もままならず、それまで海外に行ったこともなかった、入社5年目の社員が配属された海外営業部門。会社から求められる役割に戸惑いつつも、いざ乗り込んだ海外市場には、未開だからこその可能性が広がっていた。

 「当時の海外事業は、北米や欧州向けのテレビや通信機器などが主力。私が担当した白物家電の海外営業は立ち上がりの時期で、発展途上のアジアのルート開拓はほとんどできていなかった。『その開拓を君にやってほしい』と。最初の出張は、冷蔵庫と洗濯機の技術部門の管理職と東南アジアなどで売り込みに回ることだった。誰が通訳をするのか、と聞いたら『お前だ』と。『ばかなこと言わんでください』と言ったのを覚えている」

 客観的に見れば、理不尽とも思える役回り。それでも真正面から取り組むことで活路を開く覚悟だった。一から製品を売り込む挑戦に面白みを感じてもいた。苦境でも余裕を失わない、天性のポジティブさが支えていた。

 「短期間だが、英語を勉強して、香港、シンガポール、マレーシアを回った。不思議なもので、仕事の話は何となく通じる。香港とシンガポールには現地の販売代理店があり、製品を買ってもらったり、一緒に新製品開発に向けた市場分析に取り組んだりした。会社の業務として行ったのは私が初めてという国が、東南アジアには結構ある。当時の東南アジアは貧しかったが、人々に活気があって、将来の市場は拡大すると直感した。それは、後に行った中国やインドでも強く感じた」

 とはいえ、大半の国には足掛かりすらなく、会社名もほとんど知られていなかった。“成果”を求める本社の重圧にもさらされた。

 「ビジネスが軌道に乗るまでには当然、時間を要した。一方で本社は現地の事情をつぶさに知らないから、『早く売り上げを』と求めてくる。若造で、本社の論理に押し切られることも多かった。本社と現場の価値観にはギャップがあるな、と感じた」

 それでも「会社を、そして自分を知ってもらうことが第一歩」と自身に言い聞かせ、今につながるビジネスの信条を見いだす。

 「『物を売る前に、人を売り込め』ということ。1回の訪問で済むはずもなく、しつこく何回も通った。長い目でビジネスを発展させるために、製品のいい所も欠点も包み隠さず言った。信頼を得て、初めて商売につながるのだと心得ていた」

 相手の立場で考え、行動する。そして分け隔てない人付き合いに撤した。

 「ギブ&テイクと言うように最初はギブ。相手のためになることからやる。“飲みニケーション”にも繰り出した。酒は嫌いじゃないから。おかげで腹を壊したことも一度や二度ではなかったが-」

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