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沢木耕太郎、「縁」テーマに講演 高倉健や美空ひばりとの秘話も

カルチャー | 神奈川新聞 | 2015年11月10日(火) 16:56

「第7回伊丹十三賞」を受賞した編集者の新井敏記さん(中央)と、親交の深いノンフィクション作家沢木耕太郎さん(左)、伊丹十三さんの妻で女優の宮本信子さん
「第7回伊丹十三賞」を受賞した編集者の新井敏記さん(中央)と、親交の深いノンフィクション作家沢木耕太郎さん(左)、伊丹十三さんの妻で女優の宮本信子さん

 ノンフィクションライターの沢木耕太郎さん(67)が9日夜、友人で編集者の新井敏記さん(61)が「第7回伊丹十三賞」を受賞した記念に、松山市民会館(松山市)で講演を行った。「縁について」がテーマで「偶然の出来事を1度で終わらせるのではなく、続くものにしていくこと。そのためには起きたことを楽しむこと。偶然が細い糸になって縁になると一過性のものではなくなる」と持論を展開した。

偶然を引き寄せる

 「偶然を自分の中に引き寄せる」。伸ばした手をぐっと自分の身体に近づけ、その瞬間に感じた情熱をぶつけるように話していく。沢木さんが生きた過去が、息を吹き返し、空間に人や情景が立っていく。まるで、見たこと、感じたことを書き続けてきた沢木さんの短編集を読んでいるかのような感覚を抱かせる。1時間の講演は、予定を大きく上回り約2時間に及んだが、集まった約550人は熱を共有するように聞き入っていた。

 「自分でやろうと思った仕事しかしない」が沢木さんの信条。新井さんからの仕事依頼が最初に舞い込んだ30代のころは、「断り続けていた」と振り返る。しかし、しばらくすると「また新しい企画を考えました」と手紙が来る。「ふと1度だけ、短いエッセーをやろうと原稿用紙5枚くらい書いてみたら50枚になっても終わらなくて。最終的に800枚書いた」と、2人が一緒に手掛けた仕事のエピソードを披露。「彼は偶然を糸に引き延ばす力があった。つなぐことができるかは人間の力量で、それが800枚になった。彼の粘り強さが今回の受賞にもつながった」とたたえた。

 同賞は映画監督や俳優、デザイナー、雑誌編集者などさまざまな分野で才能を発揮し、時代を切り開く仕事をしてきた伊丹氏の偉業を記念し、2008年に創設された。これまで糸井重里さん、内田樹さん、池上彰さんらが受賞している。新井さんは、出版社を立ち上げて以来30年にわたり雑誌や書籍を手掛け、維持発展させてきた経営や編集手腕が評価され、同賞を贈られた。


「第7回伊丹十三賞」を記念した講演で秘話を披露したノンフィクションライターの沢木耕太郎さん=9日、愛媛県松山市の市民会館
「第7回伊丹十三賞」を記念した講演で秘話を披露したノンフィクションライターの沢木耕太郎さん=9日、愛媛県松山市の市民会館

高倉健さんとの不思議な「縁」

 講演では沢木さん自身が関係をつないできた歌手の美空ひばりさん、また10日に一周忌を迎えた俳優の高倉健さんとの不思議な「縁」も明かされた。

 205本の映画に出演してきた高倉さんから、「シナリオを書いて」と依頼され、東京・高輪のホテルでコーヒーを飲み、アップルパイを食べながらアイデアを交わした。

 東京・青山にあるコーヒー店では国道246号線を見下ろしながら、「通りを渋谷から赤坂見附までゼイゼイ言いながら走るのはどうか。走るだけでいいんですよ」と水を向けた。「あの高倉健が必死に走っている!というところを見せ、(観た人の)心を動かしたい」と伝えると、「走ってどうするんだ」と理解されず、話はなかなか進まなかった。

 シナリオを書くのは「もう無理かな」と情熱が消えそうだった約6~7年前に出向いたマカオ。映画「スモーク」などで知られる監督のウェイン・ワンと偶然出くわし食事を共にした。「何の仕事をしているのか」とたずねられ、当時何もしていなかったのが恥ずかしく「物語を書いている」とうそをつき即興で説明した。「ぜひシナリオがほしい」と懇願された上、「その主人公は高倉健さんだね」と言われ、「はっ」とした。

 昨年ようやく完成したシナリオ。まとめ上げたその日に、高倉さんの訃報を知った。

 シナリオは小説に書き直し、高倉さんに合わせ老人に設定していた主人公を初老の男に変更した。「初めて自分自身を重ねた」。それが今春から朝日新聞で連載している「春に散る」だ。同じページには松山にゆかりがある夏目漱石が同紙に寄せていた新聞小説が再掲載されている。ただ、「僕の方が面白いって自信があります!」と、いたずらっぽく笑うと、会場から大きな拍手が起きた。

 「僕はノンフィクションを書いてきたから、小説はまだ修行中。僕はまだ何者になりたいのか分からないけど、今やりたいのは小説。死んだとき、いきいきと生きたけど、何も生み出せなかったと思うかも知れない。けれど、いきいきと生きることができる場所で生きていたい」と締めくくった。

 講演の主催は伊丹十三記念館。伊丹さんの妻で女優の宮本信子さんが館長として案内役を務めた。

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