
都市伝説となった白塗りの娼婦(しょうふ)「メリーさん」をモチーフにしたアート作品が横浜市中区の黄金町地区に展示され、異彩を放っている。折しも今年は県警による同地区に並んでいた違法風俗店の取り締まり「バイバイ作戦」から10年。街頭に娼婦がいた記憶が薄れゆく中、メリーさんを表現の対象にした映画監督や写真家が集い、戦後横浜の象徴とされる存在を語り継ぐことの意義を語り合った。
メリーさんの像は薄暗いガレージの奥でライトに照らされ、ほほえんでいるような表情をしていた。高さ約2メートルのコンクリート製で、全身は白色。唇は真っ赤、目元は黒い線で描かれていた。
アートによるまちづくりイベント「黄金町バザール2015」に初参加したアーティスト小鷹拓郎さん(31)の作品「Beyond Yokohama Mary」(ビヨンド・ヨコハマ・メリー)だ。
構想から像の完成まで2カ月かかった。埼玉県出身で都内を拠点にしている小鷹さんはメリーさんを実際に見たことはなく、違法風俗店も知らない。
メリーさんのイメージを探る中で、小鷹さんは自らメリーさんの姿になって市内を出没。パンクロックのライブで熱唱したり、市内各地で踊ったりした。像が完成するまでを20分の短編のドキュメンタリービデオとして会場で公開している。

映画を超越したい
21日に黄金町バザールの一環で開かれた小鷹さんのトークイベントでは、2006年公開のドキュメンタリー映画「ヨコハマメリー」の中村高寛(たかゆき)監督(40)、1995年にメリーさんの写真集を出版した写真家森日出夫さん(67)が招かれた。
小鷹さんは公開当時、横浜市内の映画館でヨコハマメリーを見たという。さまざまな視点からメリーさんを語る人たちが次々に登場したことに衝撃を受け、横浜が好きになったと明かした。「愛する横浜」への思いから、映画を超越する作品を制作したと説明した。
これを受けて、中村さんは「森さんの写真集もそうだと思うが、私は映画を通してメリーさんの記憶を語り継いでいきたいという思いがあった」と、小鷹さんがメリーさんをテーマに新たな作品を制作したことを喜んだ。

「何が分かるか」
中村さんが映画を撮りたいと森さんに相談したのは24歳だったという。森さんの支えがあって映画が撮影できたとするが、進駐軍を相手に身を売らざるを得なかったメリーさんの取材は必ずしも順調とはいかなかったという。
ある女性からは「あなたに何が分かるか」と怒られた。メリーさんと同じ時代に生きていないのに、メリーさんが描けると思うのか、と厳しく指摘された。
「メリーさんの痛みが分かるかと言われたら、確かに分からない。そのときはとてもへこんだ」と振り返る。その上で、同じ時代を生きていないとメリーさんが描けないのかと自問する中で「次の世代の私だからこそ、見える視点があるのではないか」と思い至った。
中村さんは「自分が面白いと思った感覚をもっと明確にしてやっていこうと思ったのは、その一件が起こってから。この作品のスタンスが大きく変わった」。小鷹さんをはじめとした次世代の表現者たちにエールを送る。

ハマの文化の一つ
森さんは、横浜という街の文化の一つと捉えてメリーさんを追いかけてきた。
若いころは見てはいけない存在だと聞かされており、カメラを向けることをためらっていた。メリーさんを街角で見かけるたびに、横浜では空気のように欠かせない存在であると気付き、メリーさんを撮影した写真集を発行した。
メリーさんがいた横浜は過去のものとなった。黄金町地区も「バイバイ作戦」の成果で10年間で様変わりした。
その中で小鷹さんの作品が、この街にかつて娼婦がいたことを知るきっかけになるのでは、森さんは語る。
「横浜は変化がすごく激しい街。古いものはそのまま残せという話もあるが、記憶で残していけばいい。記憶のかけらが街角に少しでもあれば、そこから想像させてくれる案内人がいればいい」
今回の黄金町バザールのテーマは「まちとともにあるアート」。違法風俗店が並んだ歴史がある街だからこそ、「Beyond Yokohama Mary」という作品が持つ意義は決して小さくない。
京急線黄金町駅と日ノ出町駅を結ぶ高架下一帯(横浜市中区)で11月3日まで開催。期間中に何度でも入場できるパスポート500円。中学生以下無料。31日午後6時から、小鷹さんらのアート・パフォーマンスが予定されている。問い合わせは黄金町エリアマネジメントセンター電話045(261)5467。
