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戦後70年
空襲体験どう継承 横浜市史資料室、被害の全体像把握へ模索

カルチャー | 神奈川新聞 | 2015年9月18日(金) 16:01

横浜市民が写した戦争当時の写真に見入る来場者=横浜市中央図書館
横浜市民が写した戦争当時の写真に見入る来場者=横浜市中央図書館

 戦争を体験した世代が減少する中、横浜市史資料室(横浜市西区)では惨禍の記録を次世代につなげる取り組みを進めている。戦後70年を迎えた今夏、所蔵する横浜大空襲の記録や証言など約7千点のうち未公開だった絵や図、写真などを初めて展示。さらに、米軍資料と市民らの絵や写真、証言を照らし合わせることで空襲の全体像を浮かび上がらせようとしている。ただ、戦争体験を継承するには市の人員や予算が限られていることもあり、市民団体や学校などと連携して子どもたちに分かりやすく伝えることができるかが鍵となっている。

 空襲の記録は1970年初頭から市民らによって全国各地で行われるようになった。横浜では71年に「横浜の空襲を記録する会」が結成。横浜市の委託を受けて、会員は証言を聞き取り、体験記や日記などの資料を収集した内容を「横浜の戦災と空襲」全6巻にまとめた。
 
 当時は戦後30年を迎えようとしていた時期で、鮮やかな記憶に基づいて描かれた絵やスケッチ、図が大量に収集された。しかし、「横浜の戦災と空襲」は空襲の体験を活字で伝えることに主眼があったことや紙幅の関係で、絵や図面などは掲載されることはなく、その後も発表する機会がないまま市史資料室で保管されてきた。

40年間の〝空白〟


 40年近く眠っていたこれらの資料の一部は、23日まで横浜市中央図書館(同市西区)で開かれている展示会「戦争を知る、伝える―横浜の戦争と戦後」で初めて紹介された。担当した羽田博昭主任調査研究員は「当時は体験者の記憶は鮮明で、日記や体験記に加えて絵や図、写真がたくさんあった。このまま公開されず眠らせておくのはもったいないと思っていた」と戦後70年の節目に展示を決めた経緯を説明する。

 展示品の中には、市民が作った防空壕を紹介する図面がいくつかある。ある市民の体験記には空襲を受けて逃げ込んだ防空壕の図面が添えられていた。当時の防空壕は自宅の庭に作ったものや、町内で作ったものなどいろいろな大きさや種類があったというが、「図面の防空壕はこれらとは異なりかなり大規模なもので、図面が残されていないとなかなか分からないものだった」と羽田さんは意義を語る。

 三菱重工業の技師だった男性が自宅の庭に作った防空壕の専門的な図面も残されている。横浜大空襲の際は家の敷地に焼夷弾(しょういだん)が落下。妻と子どもが避難していた防空壕にも一発が出入り口に落ちた。大やけどを負った妻の救助を後回ししてでも、奥に逃げていた子どもを助け出したという。子どもは無事で妻は自力で逃げることができたとの技師の証言とともに伝えられている。今回の展示会では、当時画家だった男性がスケッチ帳に描いた着色の絵を40年ぶりに画家の家族から借り受けて初めて公開している。

進む米軍資料調査


 初公開された絵や図に市民の関心が高いことから、「『横浜の空襲と戦災』が発行されてから40年の間に成果をどれだけ有効に受け止め、活用してきたか」と羽田さんは自問した。この40年間、横浜では新たな調査研究は足踏み状態だったが、米国では公文書の調査研究が進んでいた。特に米軍資料からは新たな資料が相次いで発見されており、日本への空襲の実態が次々に明らかになっている。

 B29部隊の作戦任務報告の概要をまとめた本が90年代に出版されたことがきっかけに、作戦任務報告書の調査研究が進んだ。報告からは、米軍機が出撃から帰投までどのようなルートで飛行し、何を目標に攻撃していたのかが分かるようになった。その結果、空襲は必ずしも軍事基地や工場を狙ったものではなく、一般市民が住む市街地を狙い、国民の戦意を喪失させる都市爆撃と呼ばれる空襲が行われたことが分かってきた。

 「米軍記録を市史資料室が所蔵する証言や日本側の公式記録を合わせることで立体的に見ることで空襲の実態を明らかにしていく必要がある」。羽田さんは、体験記に添えられていた絵や図、省略分も合わせて体験記の内容をあらためて調査する作業を始めた。

 さらに、米軍記録などと日記や写真などの資料との照合作業も始めた。所蔵している絵や図、証言、そして米軍資料を関連付けることで、全体像を分かるようなかたちにして継承していきたいと考える。羽田さんは、こうした成果を市史資料室が発行する「市史通信」などで紹介する考えだ。

次代へ市民と連携を


 市史資料室による展示会の関連企画として8月29日にシンポジウム「横浜大空襲の記録―証言・写真・米軍資料―」が開かれた。羽田さんは、戦後70年を迎えて薄れつつある戦争体験を若い人たちに伝えていくために、市史資料室が蓄えてきた体験記や証言、そして絵や図などの資料を積極的に活用してほしいと呼び掛けた。

 体験記や日記は戦争を経験した本人しか表現できない記録であるだけでなく、そのときの感情も込められている。「体験記そのものだけを読んでくださいというものではなく、朗読や絵本にするとか、スケッチや写真と組み合わせることによって、特に若い空襲や戦争を知らない人たちに訴えかけることはできないだろうか」と提案した。

 具体的には、朗読、紙芝居、録音絵本といった市民グループとの連携を想定。学校の先生にも協力を得たいと羽田さんは考えている。市に常設の戦争資料の展示施設を建設する計画は現段階ではないことから、市史資料室は年に1度、空襲や戦争にかかわるミニ展示を継続的に行いながら、資料を活用するパートナーを募ることにしている。

 戦争や空襲を体験した方々が徐々に減っており、今後は直接話を聞く機会がどんどん少なくなっていく。羽田さんは「戦争や空襲の記録資料に込められている体験者の思いを、次世代に伝えることができるかどうかが最も問われている」と話している。

横浜市史資料室

 横浜市に関する関東大震災の復興期から現代までの史料を所蔵・収集・公開している市の機関。所蔵資料は「横浜市史Ⅱ」編集のため収集した資料を基礎に、新規に史料を収集し公開を行っている。また、横浜市の歴史的公文書を保存・公開する公文書館的機能も担っている。

横浜の空襲と戦災関連資料

 特殊コレクションとして、横浜市が横浜の空襲を記録する会に収集を委託した事業の成果として、約7千点の資料を所蔵。当時を体験した市民が、戦争の記憶を次世代に引き継ぐため、寄贈された資料。資料には、戦時下、あるいは占領下の市民生活を物語る写真や、衣服・焼夷弾の筒などの現物資料に加え、体験記や日記などの文字資料も含まれている。

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