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自分探しの旅へ 舞台「ペール・ギュント」

カルチャー | 神奈川新聞 | 2015年7月30日(木) 15:49

舞台「ペール・ギュント」を演出した白井晃(撮影:二石友樹)
舞台「ペール・ギュント」を演出した白井晃(撮影:二石友樹)

 演出家で俳優の白井晃(58)がアーティスティック・スーパーバイザー(芸術参与)を務めている「KAAT神奈川芸術劇場」(横浜市中区)でこのほど、舞台「ペール・ギュント」の上演が終了した。自由奔放な男、ペール・ギュントが、生まれた村を飛び出して世界をめぐる物語。ノルウェーの劇作家、ヘンリック・イプセンが100年以上前に描いた世界を現代に落とし込むため、白井が選んだのは破壊された廃虚のような病院だった。

 窓ガラスは割れ、部屋の隅には崩れた屋根からしたたる雨水がたまっている。いまにも崩れそうな病院に、ペールを思わせる胎児が運ばれてきた。急いで保育器に入れられるが、命の火はいまにも消えそうなはかなさ。その小さな手を握る病院の外では、爆撃音が響いており、どちらの命も危機状況にあることに気づかされる。


 廃虚は世界のあちこちで続く紛争を表す。そこで胎児が見た夢として、避難民たちがペールの一生を紡いでいくのだ。作品が書かれた19世紀末は、経済や技術の変革期。そこで生まれた政策は世界をゆがませた。白井は「今年に入ってから世界で起こった数々の事件に、今まで感じたことがない衝撃を受けた」と言い、また「その時代といまが似ている」と危機を感じた。今作品を描く場所を、生命を脅かす場に置くことで、「生」を考えるきっかけになればと思いを込めている。

 成り上がり、富を得ては人に裏切られ、全てを失ってしまうペール。財も若さもなくなったときに出会ったとき、「一流の善人は天国へ。一流の罪人は地獄へ向かえばいい。でもどちらにもなれない人間は、他人と混ざって溶かされるしかない」と死の番人に告げられる。探し求めた「自分自身であること」の答えは、最期のときまで見つからなかった。「一生をかけて探し歩き、分からなかったということが分かる、人生とはそういうもの」と白井は話す。


 芸術参与を務めて1年。白井は「KAATでは、先鋭的なものを見せたい」と息巻く。今作では舞台のはじからはじまでを公開。演者がはじから、中央まで歩いて行くその間さえも、演出の1つに変えた。通常、演奏はオーケストラピットの中や、舞台の裏で行われるが、ドラムやピアノを舞台上に隠さずに置き、演者が感じる混沌や混乱、悲観に暮れたり喜びに踊り上がったりする様子を音楽で表現した。中心にいたのは、アバンギャルドな音楽世界が話題のスガ・ダイロー。チェルノブイリ原発の事故後の風景を撮影した写真集を見ながら即興演奏したアルバム「春風」を耳にした白井が、「この音は、僕がペール・ギュントの中に見た世界観を体現した音だ」と確信し自らオファーした。

 演者のほとんどを、冒頭から終わりまで舞台に上げたままで進行。主演する内博貴(うち・ひろき)(28)らは、「あれ、ずっといるな」と感じたそうだが、セリフがなくても演技を続ける役者たちの姿からは、スポットが当たっていないそこにも人生があるということを感じさせた。

 大学に2度入り直したり、会社勤めを経験したり、「20代のころは迷走し続けた」という白井。「芝居を見ながら僕も、『自分自身であること』を考えたけれど、分からなくて。(KAATでの)最終日を迎えて、他人が決めるものなのかもしれないなと感じています。人生は予定通りに行かないものだから」と笑った。【西村綾乃】


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