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『自己愛』広がる現代に 鎌倉・月読寺の住職小池龍之介さん

カルチャー | 神奈川新聞 | 2014年8月21日(木) 14:00

里山の静けさの中で瞑想する小池さん。月1回の座禅会も人気を呼んでいる=鎌倉市稲村ガ崎の月読寺
里山の静けさの中で瞑想する小池さん。月1回の座禅会も人気を呼んでいる=鎌倉市稲村ガ崎の月読寺

近著「しない生活」(幻冬舎新書)が17万部のベストセラーになるなど、話題の僧侶・小池龍之介さん(35)。昨春、自身が住職を務める「月読(つくよみ)寺」を鎌倉市稲村ガ崎に移転した。現代を生きるヒントを請いに、訪ねてみた。

江ノ電稲村ケ崎駅で下車し、海水浴客でにぎわう海とは反対側に徒歩5分。急坂を上った先に月読寺はある。古い民家を改装した建物は一見して寺には見えず、「月読寺 小池龍之介」と手書きのラベルが張られた昔ながらの赤い円柱形の郵便ポストだけが目印だ。

全国各地で気温が35度を超えた7月下旬の日中だというのに、木々に囲まれた道場には涼やかな風が吹き込み、冷房なしでも心地よい。海辺の騒がしさとは対照的な静けさで、聞こえてくるのは蝉時雨だけ。

そこへまさに修行僧の風貌の小池さんが現れた。身長177センチながら体重48キロ。「活動を妨げないように」と朝はおかゆかみそ汁を一杯、昼と夜も一汁一膳。父の跡を継いで3年前から住職を務める山口県の正現寺と鎌倉を往復しながら、1日4~5時間を瞑想に充てる。

「悩みがあるから仏教に関心を持つと考えるのは、一つの先入観ではないでしょうか」。現代人は何に悩んで仏教に救いを求めるのか、との記者の質問にぴしゃりと答えた。先に作り上げたストーリー通りに取材を進めようという浅はかな考えは、とっくに見透かされているようだ。それでも慈悲深い心でお付き合いいただいた。

「あえて多い悩みといえば、主に家庭や仕事の悩みですね。現代人は自己愛を強く持っているので、家族や同僚のように密接な他者は、耐えがたいストレスになるのです」

「自己愛拡張の時代」だと言う。

原因の一つにインターネットの普及を挙げる。ネット上では匿名性を担保すれば、怒りや本音をいくらでもばらまける。「思い通りに振る舞えるネットの世界に慣れるほど、現実の人間関係は耐えがたいものになりつつある」

ネットも含め、教育、メディア、エンターテインメントを通じて拡散されているのも「人間は好きなことをして、思い通りに生きるべきだというメッセージばかりだ」。

自己愛は、自分の考えに対する執着も生む。仏教では「見(けん)」と呼ばれる煩悩の一つだ。

「生き方はこうあるべきだ、社会はこうあるべきだと執着し、自分は正しい考え方を持っているから大丈夫だと安心感を抱く。しかしそれが危険なのです」

最近、気になる「見」がある。中国や韓国に嫌悪感を抱く人々の活動だ。

しかしそれは裏返せば、価値観がうつろいやすい世の中で、自分の正しさに自信を持てなくなっている現代人の、不安の表れにも見える。

「自分の心を満たすもの、これでいいと思えるものがないから、自我を安定させるためにすがるものが欲しい。しかし不安な人々を、確信犯的にあやつろうとする政治や団体があることも忘れてはならない」

とはいえ、自己愛をやめるのは至難の業だ。

「しない生活」で提案するのは、「自己愛をしない」のではなく、あれこれ忙しくしすぎずに、立ち止まって自分の本質を内省するということ。実体験を交えながら、わかりやすく解説する。

例えば、ネットですぐに誰かとつながるのをやめてみる。帰宅して一人になっても、携帯端末を手にすれば、言語記号を介して誰かとつながり続けてしまう。

「時には携帯端末の電源を切り、他人との過剰なつながりを避ける。そうして一人に立ち返れば、イライラも焦りも正義感も、実は『自己愛』だったことがわかるものです」

自身はウェブサイト「家出空間」を主宰するが、インターネットは2年前にやめた。現在は原稿用紙に万年筆で書いた文章を、スタッフにパソコンで入力してもらっている。携帯電話は5年前にやめ、テレビは10年以上見ていない。

「現代人はあれこれしすぎて、なぜこんなことをしているのか見えなくなっている。汚れた動機にきれいな仮面をかぶせて、自分がこの感情に陥っている理由がわからなくなっている。自己愛をやめようとするのではなく、立ち止まって自分の本質を内省する。本当の理由がわかったら心が静まるものです」

ブッダは「自分より愛しいものが見つかるか世界中探したが、見つからなかった」と自説経第5章で率直に述懐し、人の根源的な自己中心性を洞察している。

それは政治も同じだ。

「『悪』対『正義』の図式で狂信的に行うものではなく、互いに自己中心的であることを前提に、冷静に策を練ることこそ政治といえましょう」

◇人間とは「正解が欲しい存在」

小池さんによると、仏教における煩悩はさまざまあるが、心の態度の方向性によって大きく分類すると、近づこうとする「欲」、遠ざけようとする「怒」、認識しないようにする「無知」の三つだという。

代表的な煩悩を五つ挙げるなら、この三つに自己愛の「慢」と、自分の考えに執着する「見」も加わる。「慢」も「見」も「欲」の一種だが、自分を強く拘束するものとして、仏教では特別に問題視している。

ちなみに「見」と「無知」も複雑に結び付いている。自分に都合の悪い情報を認識しないから、自分は正しいとする「見」の煩悩にブレーキをかけられないというわけだ。

よって、小池さんの仏教解釈によれば「人間は論理ではなく根本的には煩悩で動いているだけだし、そもそも世の中には心を満たすものなどないから、あきらめるしかない」ということになる。

自身もさまざまな苦難を経験した。東大在学中に学生結婚したものの、破綻。留年が決まったころから真剣に仏教書を読み始め、現在は住職としての活動や執筆の傍ら、毎日4~5時間の瞑想を自身に課す。

「私自身を問い直して、自分も含めて人間とは、のどから手が出るほど正解が欲しい存在だと気づく。あるものがだめと気づいても、次はこれかも、と過ちを繰り返して生きている。日々、修行ですね」

●こいけ・りゅうのすけ

1978年生まれ。山口県出身。東大教養学部卒。川崎市中原区の寺に1年間勤務後、お寺とカフェの機能を兼ね備えた施設を東京都世田谷区に開設し、「月読寺」とする。昨春、鎌倉に移転した。シリーズ累計で約45万部を出版した「考えない練習」(小学館)をはじめ、ベストセラーを続出している。

【神奈川新聞】

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