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吹奏楽の父・逝く 90年の活動振り返る

カルチャー | 神奈川新聞 | 2014年5月17日(土) 11:00

岩井直溥さん。2014年5月10日、呼吸不全のため90歳で死去した
岩井直溥さん。2014年5月10日、呼吸不全のため90歳で死去した

 岩井直溥(なおひろ)さんは、1923年10月、東京都新大久保で音楽一家に生まれた。小学校3年生のときに香港へ、小学5年生で中国・上海に移住。現地で観た洋画にあこがれ音楽に興味を持つようになった。1923年には進学した「上海日本商業学校」で創設されたばかりのブラスバンド部に入部。吹奏楽譜の入手が難しかった時代、演奏したい曲は、蓄音機で曲を流しながら自ら採譜をし、その日々の中で感性を磨いていった。

 卒業後は軍医を目指していたが入試に失敗。滑り止めにと姉らが願書を出していた東京音楽学校(現・東京芸術大学)のホルン科に進むも、1943年秋にあった学徒動員により、日本陸軍歩兵として朝鮮に配属されることに。後に配属された千葉・館山で敗戦を迎えた後は、復学に必要な生活費をねん出するため東京・新橋にあった米軍ナイトクラブで演奏するようになった。

 米軍キャンプを回り鍛えた演奏力。実力をかわれ、「フランキー堺とシティ・スリッカーズ」にトランペット奏者兼アレンジャーとして参加し、植木等さんらと、楽器からパチンコ玉が飛び出すような仕掛けで客を驚かせる“おふざけ”を取り入れた「冗談音楽」で話題をさらうように。バンドは解散したが、同バンドに影響を受け、植木さんと谷啓さんが結成した「ハナ肇とクレージーキャッツ」は一世を風びした。

 「ほかと同じことをやってもつまらない」とアレンジ業に力を注いだ岩井さんは、坂本九さん、朝丘雪路さんらが歌う楽曲を大胆に編曲し、レコード時代全盛期を支え、昭和の歌謡曲発展に貢献した。

 さまざまな音楽触れた経験から、クラシックの演奏を主流にしている学校吹奏楽の現場に、「新しい風を取り入れたい。音楽を楽しもう!」と、ビートルズや、チェカーズ、尾崎豊らの曲を吹奏楽アレンジしたアルバム「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」を1972年に発売。聴いて演奏できるようにと、楽譜も併せて販売し吹奏楽音楽ポップスの発展に尽力した。【西村綾乃】


上海へ移ったころの岩井(1934年、小学校5年生のころ)
上海へ移ったころの岩井(1934年、小学校5年生のころ)

1935年2月11日の紀元節(神武天皇の即位日)
1935年2月11日の紀元節(神武天皇の即位日)

人が足りなきゃ、何でもやった。今日はシンバル役
人が足りなきゃ、何でもやった。今日はシンバル役

「上海日本商業学校」のブラスバンド創設メンバーたちと
「上海日本商業学校」のブラスバンド創設メンバーたちと

自宅でトランペットの練習にはげむ岩井
自宅でトランペットの練習にはげむ岩井

学徒動員で日本兵になった岩井
学徒動員で日本兵になった岩井

訓練中の「朝鮮第四部隊」(岩井は後列)
訓練中の「朝鮮第四部隊」(岩井は後列)

米軍キャンプやクラブをまわっていたころ(後方右から2人目が岩井)
米軍キャンプやクラブをまわっていたころ(後方右から2人目が岩井)

ニュー・フェローズ時代の貴重な写真
ニュー・フェローズ時代の貴重な写真

大劇場に移ってからは、トランペット・ソロも披露した
大劇場に移ってからは、トランペット・ソロも披露した

全盛期の「フランキー堺とシティ・スリッカーズ」。前方で指揮をしているのがフランキー堺。その後ろで立っているのが植木等。植木の左でスコアをチェックしているのが岩井。ピアノの上に座っているのが桜井センリ。右端で擬音のマレットを叩いているのが谷啓
全盛期の「フランキー堺とシティ・スリッカーズ」。前方で指揮をしているのがフランキー堺。その後ろで立っているのが植木等。植木の左でスコアをチェックしているのが岩井。ピアノの上に座っているのが桜井センリ。右端で擬音のマレットを叩いているのが谷啓

コントの主役も見事に演じた。最前列が岩井
コントの主役も見事に演じた。最前列が岩井

シティ・スリッカーズを紹介するプログラム
シティ・スリッカーズを紹介するプログラム

フランキー堺が抜けたあと、植木等(左)とギャグを演じる岩井
フランキー堺が抜けたあと、植木等(左)とギャグを演じる岩井

音楽と名のつくものは何でもやった。写真はハワイアンバンド
音楽と名のつくものは何でもやった。写真はハワイアンバンド

映画「猿飛佐助」ロケにて(ネクタイ姿が岩井)
映画「猿飛佐助」ロケにて(ネクタイ姿が岩井)

坂本九の「レット・キス(ジェンカ)」。「皆んなでわらいましょ」がA面になっているバージョンもある
坂本九の「レット・キス(ジェンカ)」。「皆んなでわらいましょ」がA面になっているバージョンもある

岩井編曲・指揮の学校ダンス用「ジェンカ」。同ジャケットでは、「輪」ではなく、「ひたすら長い行列」になっている
岩井編曲・指揮の学校ダンス用「ジェンカ」。同ジャケットでは、「輪」ではなく、「ひたすら長い行列」になっている

「全日本吹奏楽コンクール」の課題曲を作曲しながら、特撮ものの編曲・指揮も同時にこなしていた
「全日本吹奏楽コンクール」の課題曲を作曲しながら、特撮ものの編曲・指揮も同時にこなしていた

1972年に岩井が企画し、今年で42作を数えるアルバム「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」。写真は初期のLPジャケット
1972年に岩井が企画し、今年で42作を数えるアルバム「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」。写真は初期のLPジャケット

【A】部分が2段に分かれていた当時のパート譜(アルトサックス1番)
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