蜜柑と檸檬

カルチャー | 神奈川新聞 | 2017年9月28日(木) 15:24

「蜜柑」(芥川龍之介)の文学碑。後ろを横須賀線が走っている
「蜜柑」(芥川龍之介)の文学碑。後ろを横須賀線が走っている

 古典文学を取り上げ、執筆者が印象に残ったシーンを原文とともに紹介する企画「日本文学 あの名場面」が、神奈川新聞日曜版イマカナ(隔週掲載)で17日から始まった。執筆するのは、「飯田橋文学会」に所属する平野啓一郎さん、ロバート キャンベルさん、鴻巣友季子さん、中島京子さん、阿部公彦さん、田中慎弥さんの6人。カナロコでは神奈川に縁がある作品などについて、舞台となった場所を記者が紹介していきます。

 初回は、企画の発案者でもある平野啓一郎さんが取り上げた、芥川龍之介の「蜜柑」。関連する4つの場所を訪ねました。
(西村 綾乃)

芥川龍之介「蜜柑」

吉倉公園


「吉倉公園」(横須賀市吉倉町1丁目)
「吉倉公園」(横須賀市吉倉町1丁目)


 1916年12月から19年3月まで、英語の嘱託教官として横須賀海軍機関学校に勤務していた芥川は、下宿がある鎌倉から横須賀まで横須賀線で通っており、「蜜柑」はこの時期に見聞きしたものを題材にしたとされている。

 横須賀と田浦の間にある、「吉倉公園」(横須賀市吉倉町1丁目)の一角には「蜜柑」の文学碑が1986年11月5日に建てられ、物語の一場面が刻まれている。碑の両脇には、芥川の三男の也寸志さん、次姉・ヒサと2番目の夫の長女である瑠璃子さんが、建設を記念して植樹した2本のミカンの木が植えられている。取材に出向いた9月末には、青いミカンの実がなっていた。

 入り口にはミカンを持った少女の像があったが、小説に登場する少女は「ひっつめの髪」で銀杏返しに結われてはいないので、現代風にアレンジされているのか。膝の上には大きな3つのミカンが、両手で大事そうに抱えられている。


トンネルと踏みきり


JR横須賀駅のホーム
JR横須賀駅のホーム


 横須賀駅を田浦駅に向けて滑り出した列車。男が読んでいた夕刊を置きうたた寝する場面があるが、横須賀から田浦まではわずか2・1キロと、実際にはちょっと慌ただしい。だが、田浦に到着した様子は描かれていないので、横須賀ー田浦間で“その”トンネルがどこかを考えてみる。

 横須賀から田浦まで、上り列車が抜けていくのは「吉倉」(1916年9月開通)、「田の浦」(19年9月同)、「長浦」(16年7月同)、「七釜(しっかま)」(24年3月同)の4つのトンネル。芥川が横須賀に通っていた時期に上り線に存在していたのは、吉倉と長浦の2つのみだ。

 〈横須賀線に多い隧道(トンネル)の最初のそれに入った〉
 〈今将に隧道の口へさしかかろうとしていている〉

 という文章から推理すると、少女が蜜柑を投げる“あの”踏みきりまでの間には、2つのトンネルをくぐり抜けている。芥川のファンサイトなどをのぞくと、探している踏みきりは「長浦トンネル」の先(鎌倉方面)である可能性が高いとされている。
 もっとも横須賀線は開業時は単線で、芥川が乗っていた当時は上下線が交互に利用したトンネルもあり、現在の上下線のどちらのトンネルをくぐったのかは残念ながら分からない。


田浦駅のホームから下り方面にある、七釜トンネル。1924年3月にできたレンガ造りのものがいまの「上り線」。真ん中は現在「下り線」(1889年6月開通)のトンネル。一番左のトンネルは現在使用されていない
田浦駅のホームから下り方面にある、七釜トンネル。1924年3月にできたレンガ造りのものがいまの「上り線」。真ん中は現在「下り線」(1889年6月開通)のトンネル。一番左のトンネルは現在使用されていない

横須賀海軍機関学校


横須賀海軍機関学校があった場所。いまは横須賀学院中学高等学校の校舎が建てられている
横須賀海軍機関学校があった場所。いまは横須賀学院中学高等学校の校舎が建てられている


 芥川が勤めていた横須賀海軍機関学校は、戦艦三笠がある三笠公園から近い、横須賀学院中学高等学校の辺りにあった。海軍機関学校は関東大震災で被災し、1925年に京都の舞鶴に移転したため、当時の面影は残っていない。しかし跡地に建てられた横須賀学院中学高等学校の校舎には、いまもそれぞれの夢を抱いて、まい進する学生たちの姿がある。

蜜柑と檸檬 横須賀から京都へ


河原町通りに面した商業施設「京都BAL」。地下にいまの「丸善 京都本店」がある
河原町通りに面した商業施設「京都BAL」。地下にいまの「丸善 京都本店」がある


 平野さんは、「蜜柑」の最後を、同じ柑橘類をタイトルに用いた梶井基次郎の「檸檬」で締めくくった。
 「『檸檬』は『蜜柑』の6年後に書かれている。影響を与えているのではないか」
 まったく同じことを歌手の加藤登紀子さんが話してくれたとき、記者は檸檬の舞台・京都にいた。
 檸檬では、不吉な塊を胸に抱え街をうろつく主人公が、寺町通りの八百屋で買い求めた果実の冷たさと、そのさわやかな香りで、心を取り戻していく様子が描かれる。終盤にはレモンを爆弾に見立てた“いたずら”でくすぐったいまでの思いに気持ちが高揚していく。
 爆弾を仕掛けたのは、「丸善 京都本店」。梶井が足を運んだのは、三条通・麩屋町の店舗だが、移転や閉店を経て、2015年8月に河原町通りに面した商業施設「京都BAL」の地下1・2階に新店舗を構えた。
 爆弾置き場がある店舗に併設されたカフェでは、檸檬の舞台であることにちなみ、「レモン形のケーキ」を提供。またレモンをかたどった記念スタンプも設置されている。


カフェで注文や購入が出来る「レモン」のお菓子
カフェで注文や購入が出来る「レモン」のお菓子

過去の自分との再会



 久々に開いた「檸檬」の文庫本(新潮社)は、平成7年(1995年)に購入したものだった。めくるページの中に、22年前の記者がしおりとして使ったのか、「成田-香港」の航空券の半券が挟まれていた。
 「深夜特急」を書いた沢木耕太郎に影響され、アルバイトをして貯めたお金で買ったチケット。「何でも見に行こう」と思いついたままに、フェリーに乗りマカオにも足を延ばし、あちこち見てまわった。
 過去に読んだ本との再会は、過去の自分との再会のように思える。一文に触れ、当時の感覚がよみがえり生き生きとした気持ちになることもあれば、物語の一文に寄り添われ、自分を再生しようと努めていた時期を思い出すこともある。

 「日本文学 あの名場面」を通じて、読者の過去に読んだ本との再会、そして新しい作家や作品との出合いに繋がればと思っている。




横須賀駅から田浦駅まで、2.1キロの間には4つのトンネルがある。線路からはトンネルの先に、次に入るトンネルが見えている
横須賀駅から田浦駅まで、2.1キロの間には4つのトンネルがある。線路からはトンネルの先に、次に入るトンネルが見えている

トンネルとトンネルの間にあるJR田浦駅
トンネルとトンネルの間にあるJR田浦駅


「檸檬」のスタンプ
「檸檬」のスタンプ

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