
〈積み上げたものぶっ壊して 身に付けたもの取っ払って〉
20代後半に作った「全力少年」で歌った通り、積み重ねてきたものを守るのではなく、自分たちを次のステージへと向かわせるため、向かい風にあらがってきた。
アルバム制作を続ける中で、「オリジナルの新曲を作りたい」という熱をため、思いを形にしたのが、2年ぶりに世に放つ4作の新曲だ。
「いまの僕らに何ができるだろう」「できることを形にしていこう」
再開した2人のやりとり。常田は結成当時、川崎の梶ケ谷にあった大橋のアパートに、東京の三軒茶屋から、オルガンをたすき掛けにして背負い、原付きを飛ばしたあの日が浮かんだ。
大橋も、マイクスタンドの代わりにと、姿見にガムテープで掃除機の柄を取り付けて歌い、管理人から苦情を言われたあの時間を思い出した。経験を重ねてきたいま、最初の感覚がよみがえったことは大きな収穫だった。
「結成したばかりの頃は、やること全てが新しくて、生まれたアイデアが形になることがうれしかった。その中で、早く一人前に見られたいと気を張って、背伸びをしていたところもあった。来年はデビューして15年。手に入れた武器(経験)は最初のころと比べたら格段に増えた。そしてこれからの戦い(制作)に、何を選ぶことが有用か、(失敗しない方法)を選択することができる。でも予測をして、安全に動くのはつまらない。40歳を迎えるいまは、先輩も後輩もいる面白い時期。闘って行きたい」と常田は気を引きしめる。
新作はCD発売後のライブで演奏することが多いが、「対バンツアー」の間に新曲を披露し、客の反応をうかがった。
照明が落とされた空間で、語るように言葉を続けた「ミスターカイト」では、月曜日の朝の満員電車での憂鬱(ゆううつ)を歌った。繰り返される日常の中で、よどんでいく心。他者とのあつれきを避け、風に身を任せるが、その“違和感”に気付いたとき、知らなかった自分には戻ることができないと覚醒する。「向かい風」を捉え、加速していく思い。
〈飽くなき執念を 見定めろ目標を〉
雑念を払うように、大橋は頭を振り叫ぶ。風に流されるのではなく、自分の心が動く方向を捉えようと空に手を伸ばす。

常田は来年2月、大橋は5月に40歳になる。年齢に感慨はないと言うが、「できることとできないことがはっきりしてきた」と口をそろえる。
「若いときは、先輩はそれまで身に付けてきたもので、闘っていると思っていたけれど、レコーディングやライブでご一緒したときに、きのうよりもきょうの方が努力している小田さんを見て、『自分はまだまだ足りない』『練習しなくちゃ』と思うようになりました」と大橋。「疲れたとか言っていられない。僕ら何でもできるスーパーマンじゃないから。スポーツ選手がオフに練習をするのと同じように、地道にコツコツと」と、その背中から学んだことは多かったよう。
9月20日に70歳の誕生日を迎える小田との競演は、スキマスイッチのライブに小田を呼べたという「うれしさ」もあった。一方で、自分たちが聞いたことがない歓声を受けたことで、「悔しさ」も感じた。そして小田と同じ年齢になったときに、「自分がそうありたい」という目標ができた。
「誰かとの比較ではなく、闘うのは自分自身。やったか、サボったか。自分をごまかすことはできないし、重ねた時間が自分に返ってくるから」と大橋。「学生時代、友だちに『こんな面白い音楽を見つけたよ』と聴かせていたときの感覚を、作り手になったいまも、これからもずっと持っていたい」と続けた。
「自らを乗り越えていこう」という決意がみなぎる新曲は、「ミスターカイト」を進化した「全力少年」と位置づけた。静かに始まる冒頭から、サビでは一転、異なる楽曲のように疾走していく。「いまのスキマが歌う『全力少年』。いまの音楽シーンにない曲」と大橋は胸を張る。
ロールプレイングゲーム(RPG)をテーマに作った「リチェルカ」は、10年前、29歳のときに作った「ゴールデンタイムラバー」の深化版。逆境も限界も超えて、運命をつかみ取れ。
〈人生は手の込んだRPG〉
と歌う背中を鼓舞するようにトランペットの音が響く。不安を吹き飛ばせ。「無我夢中に」。進む一歩に、常田の軽やかな鍵盤が花を咲かせる。
風に向かい続ける2人。その姿を目にする度に、2年前の夏、日本武道館でコンサートを行った際、大橋が口にしていた「アーティストにとって新曲は、作る度に自分たちの首を絞めるもの。前よりも良いものを出したいと思うから。最後はもう息もできないくらい苦しいものになるんじゃないかって思うこともある。でも求めてくれる人のために、頑張りたい」という言葉が思い出される。
「死ぬまで自分たちは発信者でいたい」
0から1を生み出していく日々。2人きりで試行錯誤するスタジオでは、大橋が持参するスイーツが楽しみの一つになった。「僕ら太ってきたら、制作中だと思って」。肩の力が抜けた表情で大橋が笑った。



