藤沢市辻堂出身で1992年生まれの、若手作家によるミステリー。その題名と表紙の絵から、「体操」がストーリーの鍵を握っていることが分かるが、スポーツ根性ものとは、ひと味違う。
舞台は鎌倉。湘南モノレールが近くを通っている。体操界期待の新星、高校生の結城幸市は、親がコーチを務める体操クラブのメンバー。仲間と日々、練習に打ち込んでいた。ところがある日、幸市の演技中に、使っていたプロテクターが切れ、鉄棒から投げ出されるアクシデントが起きる。そして幸市の妹、似奈がけがをするなど、不穏な空気が流れ始める。「夏のサンタと事故」「白い悪意と八月」など、章のタイトルも、「この先、どうなっていくのか」といったドキドキ感を醸し出す。
幸市の視点で語られるパートもあれば、妻と2人の子どもと暮らす「私」の独白が続くパートも織り込まれる。読者は、「この『私』とは一体、誰なのか」と思いながら、読み進めることになる。それも本書の「謎」の一つだ。
ミステリーだが、作風は柔らかい。そして若手作家ならではの、すがすがしさをところどころに感じる。家族を大切にする気持ち、仲間へのライバル心や嫉妬、若さゆえの不安なども描かれ、高校生だった頃の自分のありようを思い出した。
最後の結末は、けっこう驚きだ。そういうことだったのか、とすべての謎が解ける。そしてしんみりとした気持ちになる。
(宝島社電話03・3239・0599、691円)