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ハマとひばり 昭和の歌姫
(4)2人の「美空」を意識? 芸名の変遷

カルチャー | 神奈川新聞 | 2019年6月18日(火) 12:00

美空暁子の地元初舞台となった横宝公演の広告(1940年7月24日の横浜貿易新報)。ひばりの母・喜美枝も足を運んでいたかもしれない…
美空暁子の地元初舞台となった横宝公演の広告(1940年7月24日の横浜貿易新報)。ひばりの母・喜美枝も足を運んでいたかもしれない…

【2005年5月15日紙面掲載】

 大正生まれの大都スター美空ひばりが出演した映画「時代の狼火(のろし)」封切り(連載二回目=四月十七日=参照)前年の一九四〇(昭和十五)年七月三十日、中区住吉町にある関内ホールの前身・横浜宝塚劇場(横宝)で宝塚少女歌劇花組の公演が行われた。

 主な出演者は天津乙女・神代錦・美空暁子(あきこ)・萬代(よろずよ)峰子・山鳩くるみらであった。


南美江さん
南美江さん

 美空暁子は本名を南波(なんば)房江といい、一五年十月広島市生まれの横浜育ちだった。三三年に県立第一高等女学校(現・県立横浜平沼高校)を卒業。すぐに宝塚に入団。一メートル六二センチと当時としては背が高かったため、男役で「トウランドット姫」「マリオネット」などの舞台に立つ。さっそうたる“男装の麗人”は、その美しい声とあいまって多くの少女たちを魅了した。その後、太平洋戦争が始まり、舞台に夢とロマンがなくなって四一年に退団。翌年、新劇に転じ、南美江(よしえ)と改名する。いまは尊敬と親しみを込めて「ナンさま」と呼ばれる。

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