日本将棋連盟指導棋士五段、本紙将棋担当記者
【2019年2月24日紙面掲載】
9日、某将棋教室には半年ぶりにY君の姿があった。中学受験を終えての復帰である。
この日は盛況で、話をする間もなくスタート。私は6面指しで3回転が目標だ。彼は駒を並べ終えると、こちらの飛車を駒箱へしまう。飛車落ちは卒業し、角落ちにしたはずだけど…。まあいいか。対局は始まった。
受験することはずいぶん前に聞いていた。「将棋の強い学校を目指す」という意気込みで、夏からは教室を休んで追い込みに入っていたのだ。
彼は以前と変わらぬポーカーフェースで指し進める。私は合否が気になって集中力を欠き、機敏に仕掛けられてしまった。でもこちらから聞くなんて怖くてできない。
中盤、飛車を捨てて決めにきた。鋭い着想だがリスクも伴う。一瞬の隙を突き、私の玉はするりと上部に脱出。ブランクを感じる場面だった。
ここで付き添いの父親に目をやる。でも表情からは何も読み取れない。そうだ、もしかしたら合格発表がまだなのかも。
終盤、彼は寄せを逃し、私の玉は敵陣深くへ潜り込んだ。簡単には決着がつかない状況になり、引き分けとした。
帰り際、父親から「おかげさまで第1志望に受かりました」と言われ、心底ほっとした。これからは思う存分、将棋を楽しんでほしい。
この日はうれしくて酒が進んだ。責任のない気軽な立場で言うと怒られそうだけど、子を持つ親の気持ちが少しだけ分かったような気がした。