
フランスの作家サルトルの戯曲「出口なし」が、KAAT神奈川芸術劇場(横浜市中区)で上演される。密室に閉じ込められた男女3人の交わりを通じて人間の本質に迫る同作は、1944年の初演以来、さまざまな形で演じられてきた。KAAT版では世界的ダンサー首藤康之らが、身体表現豊かに新たな「出口なし」を創造する。
15歳で東京バレエ団の一員となり、モーリス・ベジャール振り付けの「春の祭典」や「ボレロ」をはじめ、イリ・キリアン、ジョン・ノイマイヤーら著名振付家の作品に数多く主演してきた首藤。KAATでは2011年からダンスシリーズ「DEDICATED」をプロデュースし、近年は俳優としても活躍するなど表現の幅を広げている。
本作の創作の背景には、自身が直面したある「壁」の存在があった。「ずっと舞踊をやりつつ何作か演劇に出演してきて、常に言葉と舞踊の隔たりを感じてきたんです」
直接的な言葉と、抽象的な舞踊。サルトルの「出口なし」を糸口に両者の壁を取り除けないか、あるいは隔たりをなくす必要はないのか、といった問いの答えを探ろうと、白井晃=KAAT芸術監督=に演出を依頼した。
舞台は窓も鏡もない、扉には鍵がかかっている密室空間。互いに素性の知らない男女3人は自身の姿を見ることができず、向かい合う相手によってしか自己を認識できない。哲学者でもあったサルトルが唱えた実存主義を色濃く反映した作品だ。
なぜこの戯曲に引かれたのか。首藤は20代前半の頃に出合った一つの舞踊を思い起こす。「僕が最も影響を受けた振付家ベジャールさんの『3人のソナタ』をパリで見たんです。互いの心情をえぐりだそうとする世界がそこにあり、それがすごく美しかった」
後に「出口なし」をモチーフにしていたことを知り、すぐに翻訳版を手に取った。「『他者を通じて自分を感じる』という人間の本質が如実に感じられて興味が湧きました」
自身が演じるのは密室の「男」。「女」役を務める横浜出身のダンサー、振付家中村恩恵(めぐみ)、俳優秋山菜津子と共に、濃密なダンスと芝居を繰り広げる。
白井による上演台本が見せるやり取りは、3人の秘められた過去をじんわりとあぶり出していく。首藤は「自分の見られたくない一面を引き出されるのですが、言葉を重ねることでもっと深い自分を知りたくなってくる。それがこの作品の最終地点だと思っています」。
言葉と身体の境界を超える本作。「演劇」や「舞踊」と単純にくくることができない、「カテゴリーのない舞台にしたい」と意欲的なまなざしを見せた。
◆25日~2月3日。29日休演。KAAT中スタジオ。料金は6千円、24歳以下3千円ほか。問い合わせは、チケットかながわ電話(0570)015415。