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笠井叡が舞踏の神髄を宿すリメーク3作上演へ

芸能 | 神奈川新聞 | 2020年3月13日(金) 11:50

大野一雄(右)と笠井叡のデュオ「病める舞姫」(2002年8月、青山スパイラルホール、撮影・神山貞次郎)
大野一雄(右)と笠井叡のデュオ「病める舞姫」(2002年8月、青山スパイラルホール、撮影・神山貞次郎)

 国内外で活躍する舞踏家の笠井叡(あきら)(76)が、かつて師事した大野一雄(1906~2010年)の身体表現と再び向き合っている。「DUOの會(かい)」と題し大野とデュエットした3作をリメークするほか、新作「笠井叡の大野一雄」を創作。既存の舞踊の概念を一から問い直した舞踏の神髄を作品に宿す。

 リメークするのは「犠儀(ぎぎ)」(1963年)、「丘の麓」(72年)、「病める舞姫」(2002年)。いずれも笠井と大野のデュオとして上演された。作品の骨格はそのままに、当時の大野を振付家の川口隆夫が、笠井を笠井の三男でダンサーの瑞丈(みつたけ)が踊る。「既に踊った演目ではあるけど、全く新しい作品として提示します」。演出と振り付けを担う笠井はこう話す。

 「大野一雄がいなければ今の自分はいない」。踊り手としての原点である大野との出会いはおよそ60年前、笠井が10代後半のころにさかのぼる。横浜・上星川の研究所の門をくぐり、マンツーマンでの稽古が3年続いた。

 「三拍子の動き、独特の歩行、即興舞踊の演じ方。大野さんのメソッドを手取り足取り教わりました。形式的なことは一切言わず、自由に踊ることを尊重してくれました」


「身体がどうして生まれたか。その答えを探し求めて踊りを続けている」と語る笠井叡=東京都内
「身体がどうして生まれたか。その答えを探し求めて踊りを続けている」と語る笠井叡=東京都内

 笠井が大野を訪ねて間もなく創作した「犠儀」は、「生と死の接点を身体で探りたい」との笠井の希望に大野が共感して実現した。生きた体だけでなく、死んだ体も舞踊の肉体と捉えた世界で、笠井の死体を大野が焼くという内容だった。

 大野は1930年代から日本モダンダンスの先駆者に師事し、60年代に土方巽(28~86年)と共に、新たなダンスの方向性をもたらした舞踊形式である舞踏を創り出した。

 「日本の舞踊界で『異端』と見られた二人に自分は共鳴した」と笠井は言う。既存のダンスの型にはまらなかった大野からは即興の技法を、障害者の体の動きを積極的に取り入れるなど革新的な振付家だった土方からは振り付けの技術を学んだ。「美しく訓練された体がよしとされた概念を根底から揺るがし、動きを捉え直す彼らの舞踊哲学に共感したんです」

 そんな笠井が思う舞踏とは。「目に見えない内的なものと、目に見える動きの関わりを追求するもの」。それは大野から教わった即興の手法にもつながるものだという。「型がない即興は自分の内面を出さない限り踊れないですから」

 リメーク3作はこうした舞踏の神髄を体現。一方、新作は「来世の地上に生まれた大野一雄がどんな踊りを見せるか」をテーマに、川口と瑞丈が表現する。

 「踊りは時代の鏡。社会の歴史やそのときの時代を反映するもの」だと語る笠井は、一連の演目が大野の身体の変遷をたどる作品群になると話す。

 生前の大野が確立した独自の作品性と、土方から影響を受けた笠井自身の振り付けのかたち。「それが川口さんと瑞丈の身体によって、当時とは違う空間を生み出します。これは新たな出発です」

 26~29日にKAAT神奈川芸術劇場(横浜市中区)で上演。前売り4千円、当日4500円ほか。問い合わせはチケットかながわ電話(0570)015415。

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