能の構造を用いて創作された舞台「未練の幽霊と怪物」(岡田利規作・演出)が6月5日、KAAT神奈川芸術劇場(横浜市中区)で開幕する。新型コロナウイルスの影響で上演中止となった本作が、1年の時を経て観客を前に披露される。出演者の一人である俳優の片桐はいりに「娯楽性に富んでいる」という作品の魅力を聞いた。
「挫波(ザハ)」「敦賀(つるが)」の2演目から成る一作。前者は新国立競技場の設計者として一躍脚光を浴びた建築家ザハ・ハディドがモチーフ。巨額の建設費や景観の問題から採用を白紙撤回され、程なくして亡くなった彼女がシテ(主人公)として現れる。後者は一度も正式稼働することなく廃炉の道をたどる高速増殖炉「もんじゅ」を巡る話だ。
昨年6月に予定していた公演は取りやめとなるも、リモートでの稽古を経て作品の一部がオンラインで上演された。その後も戯曲が読売文学賞(戯曲・シナリオ賞)を受賞するなど、劇場での上演に一層の期待が高まっていた。
「建造がかなわなかったスタジアムの夢を見る亡霊の話を能の形式で伝える」。そう伝えられてオファーを受けた片桐は、台本を目にする前に出演を決めたという。「面白そうというのが第一印象。自分では想像できない類いの仕事を頼まれることってなかなかないですよね」と、当時の心境を明かす。
両演目ともに「近所の人」として登場し、物語の背景を解説する「間(あい)狂言」の役割を担う。
「踊りや歌で盛り上がっているすてきな場面にいきなり現れて、亡霊の話をちょっと面白く、かいつまんでお話しする役目だと認識しています。上がった熱をいったん冷ます、いわば差し水のような存在ですね」
「挫波」では東京五輪・パラリンピックにおける競技場の問題が改めて俎上(そじょう)に載り、「敦賀」では国策による巨大開発の挫折が立ち上る。社会的なテーマが演劇化する一方で、片桐自身は「かなりエンターテインメント要素が詰まった作品」だと感じているという。
「音楽劇であり、変化に富んだダンスもちょっとしたコントもある」。霊的な存在が思いを語る能の形式の一つ「夢幻能」も魅力あふれる表現手法だと語る。
「亡くなった人、建物、因縁のある場所など、あらゆるものが主人公になれる。この形式自体が面白いのであちこちで上演されるといいなあと思います」
「舞台上でどれだけ変なパフォーマンスができるかに心を砕いてきた」と俳優としての自身を振り返る片桐は、本作でも能の力を借りつつそれを成し遂げたいという。「磁場が狂うような、通常のルールが通用しなくなる感覚を稽古で体感しています」
「自分が『鏡』になるのが理想。台本に書かれた内容そのものや、観客の皆さん一人一人が映し出されるかもしれない。そういうお面のような存在にもなりたいですね」
満を持しての劇場上演は喜びよりも緊張が大きいと話す。「昨年以上に厳しい状況にあるコロナ禍、無事に上演できるか不安もありますが、今は武者震いしています。高い娯楽性がある本作をぜひ楽しんで見てほしいです」(服部 エレン)
6月26日まで(8、15、22日休演)。音楽監督・演奏は内橋和久。出演は森山未來、栗原類、石橋静河、太田信吾、七尾旅人(謡手)。一般6800円、24歳以下3400円ほか。問い合わせはチケットかながわ、電話(0570)015415。
KAAT舞台に出演 片桐はいりに聞く作品の魅力
「あまり演じたことのないパフォーマンスになりそう。俳優として得がたい機会です」と語る片桐はいり=横浜市中区(撮影・吉田太一) [写真番号:619669]
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