新型コロナウイルスの影響で上演が延期となっていた舞台「アーリントン」(白井晃演出)が16日、KAAT神奈川芸術劇場(横浜市中区)で幕を開ける。閉ざされた空間に身を置く女と、彼女を監視する男が顔を合わせることなく交差する物語。主演の南沢奈央は「コロナを経験する今だからこそ響くものがある」と、本作への思いを語る。
アイルランド生まれの劇作家エンダ・ウォルシュが5年前に発表した戯曲。時も場所も不確かなある待合室。密室に閉じ込められた南沢演じるアイーラと、モニター越しにアイーラを見ている男(平埜生成(ひらのきなり))の会話を中心に物語は進む。
台本を読み終えた後に「不思議な余韻に浸った」と話す南沢は本作を「抽象的な作品」と評する。独特の感性がにじみ出るせりふは捉えきれない部分が少なくないが、「2人が互いに影響し合い、変化するさまに心を動かされた」という。
昨年4月、初日を迎える直前に緊急事態宣言が発令され、全公演が中止に。「自分の立ち位置が分からなくなるような、足元が崩れ去る感覚を覚えました」と、表現の場を失うことの苦しみを肌で感じた。
一方、コロナ禍による自粛期間に自身の思いを役に重ね合わせた。あまり人と接することなく育ったアイーラは特殊な環境を生きる孤独な人物だ。「それでも、彼女は想像の世界で人との触れ合いを求める。その姿がすごく切なく、胸に刺さってきたんです」。自分を含めた多くの人が他者とのコミュニケーションを制限されたコロナ禍だからこそ、より観客の心に届けられるものがある作品だと力を込める。
2006年のデビュー以来、テレビドラマや落語番組への出演など多方面で活躍するが、中でも舞台は格別の表現場所。「ああ、生きてるなあ、と実感するんです。お客さんと共鳴し合い、共に一つの『響き』を生み出す空間に魅了されてきました」
コロナ禍で不要不急との声も向けられた文化芸術だが、他でもない自分自身がその力を再認識した。「物語に入り込むことで心が救われる思いがしました。現実から離れて別世界に入ることで、現実に戻った時に気持ちを奮い立たせることができる」。そんな力を宿す舞台を必要とする観客の存在もまた、俳優としての自身を後押ししている。
当初予定から9カ月の時を経たことで、アイーラをより深いところまで理解できるようになったと話す。「役を作り込むのではなく、自分の体にアイーラを落とし込む、うそのない芝居を目指しています。常に思考しながら演じるのが難しいですが、彼女の心情の変化を丁寧に表現したい」と、充実感に満ちた表情で言葉をつないだ。
抽象的であるからこそ、見る者に想像の余地を残す「アーリントン」。「濃密な環境で揺れる人間模様がすごく面白い。不思議なせりふの意味を探りつつ、ぜひ皆さん自身の世界を膨らませてほしいです」
16~31日(18、19、25、26日休演)。一般6千円、24歳以下3千円、高校生以下千円ほか。問い合わせはチケットかながわ、電話(0570)015415。
南沢奈央が主演 KAATで舞台「アーリントン」上演へ
「コロナ禍の今だからこそ上演するべき作品だと感じています」と語る南沢奈央=横浜市中区(撮影・吉田太一) [写真番号:479161]
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