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70年代ウーマンリブ運動の中心人物・田中美津に聞く
女性解放は「私」から始まる

文化・科学 | 神奈川新聞 | 2020年3月13日(金) 12:09


 「私が私として生きていないのに、妻として母として生きられるか」。そう訴えた女たちの闘いがウーマンリブ(女性解放)だったと、運動の中心にいた田中美津(76)は言う。女性の解放の書となった「いのちの女たちへ」(1972年)の出版からおよそ半世紀、このほど新たなエッセー集を刊行した。自己の内面を鋭く洞察する著者の言葉は、今なお語る力を持つ。

 「明日は生きてないかもしれない……という自由」(インパクト出版会、1980円)は、80年代に書かれたエッセーを中心に自身のインタビューや講演録をまとめた一冊。「嫌な男からお尻を触られたくない私」と「好きな男が触りたいと思うお尻が欲しい私」。この二つは同じぐらい大事だと主張した軽やかなリブの視点をはじめ、運動への思い、未婚での出産と子育て、40年近く継続している鍼灸師(しんきゅうし)としての自分など、田中の人生観が歯切れのいい文体でつづられる。

■70年代のMeToo

 「男は仕事、女は家庭」といった性別役割分業を疑ってかかり、妻でも母でもない「自分」を追い求めたウーマンリブは70年代に日本各地で展開された。その後のフェミニズム運動に影響を与え、女性の権利獲得にもつながった。

 「『自分が自分でない』という感覚にどうして苦しめられているのか。自分たちでそのことを探ろうと少人数で話し合うことから始まりました。70年代のMeToo運動です」。田中が懐かしげに振り返る。

 71年夏、長野のスキー場で開いた3泊4日の「リブ合宿」には300人超の女性が詰め掛けた。「あの時のパワーはすごかった。自己紹介だけで5時間以上。みんなで集まることが喜びだった」。女らしさの押し付け、子育て、職場の性差別…。多岐にわたる話題が延々と語られた。

 「女のくせに」「結婚こそ女の幸せ」。そんな「呪い」が平然と付いて回った時代だ。男性に認められることでしか自身を肯定できないような生き方を変えようと、彼女らは連帯した。「『個』から『面』になれたのが大きかった。みんな同じことを考えてたんだって思える安心感ですよね」


田中美津(左端)ら女性たちの活動拠点だった「リブ新宿センター」=1972年ごろ、東京都(本人提供)
田中美津(左端)ら女性たちの活動拠点だった「リブ新宿センター」=1972年ごろ、東京都(本人提供)

■新左翼運動への幻滅

 田中がリブの口火を切った背景の一つに、それまで関わっていた新左翼運動への幻滅があった。男性中心の組織で女性は、電話番や飯炊きなどの下働きばかりを強いられた。「平等や革命を掲げながら、女への日常的な差別が世の中の構図と変わらない。彼らと一緒にやっても女の解放はまず無理だろう」

 そうして自身が呼び掛けたリブの本質は、個々の原体験から問題を発することだった。「何よりも大事なのが『私』の解放。私のリブは第一に、自分の自由と幸せのためだった」

 「個」であることを互いに尊重する。おのおのの内側から湧き出てくる思いは、世を変化もさせる。これこそがリブの神髄だった。男性中心のメディアに「もてない女のひがみ」などと嘲(ちょう)笑(しょう)されもした。「女はかく生きるべし」の抑圧にさらされたが、「女の生き難さの中にリブが息づいていると思ったから、一歩も引きませんでしたよ」。

■偶然性ゆえ助け合う

 田中の苦難は5歳のころに受けた性的虐待に起因する。加害者は親が営む魚店の従業員だった。

 「『私はなんて穢(けが)れた子どもだろう』と思い苦しみ、その一方で『どうして私の頭にだけ石が落ちてきたのだろう』と悩み続けた」。本書に記した一節だ。やがて、女は真っさらがいいという「バージニティの神話」が自身を苦しめ続けたことを悟る。

 その上で導いた答えは、全てが「たまたま」だという事実だった。「私たちは皆この『たまたま』を背負いながら自分自身を生きている」。あなたは私かもしれないし、私はあなたかもしれない。だから助け合う─。「そうと知った時から、余計に思い悩むことをやめました」

 本書を含む近刊3冊を「遺言代わりの書」と語る田中は「かけがえのない自分に正直でいることを怖がらないで」と、今を生きる女性たちにエールを送る。

 「私」から始まる解放を目指した彼女の言葉は、いつの時代も色あせない。

 
 

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