木もれ日 関取花
夏の匂い

文化 | 神奈川新聞 | 2022年6月27日(月) 17:46

 【2022年6月26日紙面掲載】
※シンガー・ソングライター

 街中を歩いていると、ふと匂いで夏を感じる瞬間がある。真っただ中になるとこちらも慣れてしまって案外わからないのだが、今くらいの時期は1年ぶりに感じるその気配にしばしばハッとさせられる。ドラマとかでたまにある、すれ違った瞬間のその香りで昔の恋人だと気づくような、あんな感じである。忘れかけていた何かと再び出会うと、懐かしさと新鮮さが同時に押し寄せて、無性に胸がギュッとなる。

 それはたとえば日焼け止めの匂い。先日電車で隣になった女性が、コクリコクリと首を傾けながらうたた寝を始めた。身体が上下に揺れるたび、海のようなあの日焼け止め独特の匂いがした。ああ、もう夏なんだなと思った。

 他にもある。この前散歩中に部活帰りの中学生たちとすれ違ったら、どこか懐かしい匂いがした。洗剤とも石鹸(せっけん)とも違う、もっと人工的な清潔感。ああそうだ、これは制汗剤の匂いだ。

 思い返せば、自分も中学でバスケ部に所属していた時は、汗だくになった後でもちょっとオシャレな気分になりたくて、部活後は必ず全身に制汗剤を吹きかけていた。特に夏はたくさん使うので、お小遣いの減りがいつもより早かったのを覚えている。匂いなんて気にもとめていなかった小学生の頃と、バイト代で香水を買うようになる高校生の頃の、その間の3年間のなんだか健気(けなげ)なあの香り。私の人生で最も汗を流した夏の日々を思い出した。

 もちろん、夏の匂いを感じるのは人からだけではない。どこかの家から漂ってくる蚊取り線香の匂いも、雨上がりのアスファルトの湿った匂いも、重なり擦れ合う緑の葉の青々とした匂いも、夏の匂いというのはマスク越しでもよくわかる。そしてひとたびそれらを感じれば、薄らいでいた過去の記憶と自然と結びつき、ノスタルジーと共に新しい季節を運んできてくれるのだ。

 時代がどんなに進んでも、景色がどれだけ変わっても、夏の匂いはそこかしこにきっとある。あなたの思う夏の匂いは、どんな匂いだろうか。

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