井上靖のデビュー作が探偵小説だったというと、意外に思う方もいるだろう。井上は冬木荒之介名義で雑誌「新青年」に投稿した「謎の女」(1932年3月号)が掲載されて実質的な作家デビューを果たした。同誌は江戸川乱歩や横溝正史を生み、探偵小説界を牽引(けんいん)した総合誌だった。
当時の井上は、九州帝国大学医学部の受験に失敗して同大英文科に入学したが、半年で退学。詩作を続けながら生き方を模索していた時期に当たる。
そもそも「謎の女」は、評論家・平林初之輔による創作探偵小説だった。新聞記者の男が、熱海のホテルで出会った美女から夫のふりをしてほしいと頼まれる。男は好奇心に駆られ、彼女の本名さえ知らずに夫を演じるのだが…。
平林は「種蒔く人」「文芸戦線」同人でプロレタリア文学運動に参加。博文館に入社して総合誌「太陽」の編集主幹となる。同社が発行する「新青年」には主に探偵小説の評論を発表し、本格探偵小説で知られるヴァン・ダインの長編「グリイン家の惨劇」などの翻訳も手掛けている。
平林の急死で未完の遺稿となった「謎の女」は、「新青年」32年1月号に掲載され、編集部が同作の続編を募集。井上の応募作が1等に入選した。
井上の書いた続編は、貞淑な謎の女に見え隠れする妖艶な一面と、彼女の語ったある夫婦の凄惨(せいさん)な物語が読者の興味をそそり、余韻を残した結末に至るまで巧みに構成されている。
その4年後、井上は雑誌「サンデー毎日」の大衆文芸募集に応募した「流転」で第1回千葉亀雄賞を受賞したのを機に大阪毎日新聞社へ就職。本格的に小説を執筆し始めるのは、第2次世界大戦後のことになる。
後年、井上は神奈川近代文学館の設立に尽力し、開館後は常務理事を務めた。91年に死去したのち、当館は直筆資料等を受贈し、井上靖文庫として保存している。
若き日の井上の足跡を示す「謎の女」草稿も井上靖文庫資料の中の一点。現在開催中の「新青年」展では、「新青年」誌上で試みられたさまざまな企画の一端に触れた「運動体としての雑誌」コーナーに展示している。
特別展「永遠に『新青年』なるもの」は5月16日まで、神奈川近代文学館(横浜市中区)で開催中。観覧は事前予約制で一般700円ほか。5月3日を除く月曜休館。問い合わせは同館、電話045(622)6666。