【2020年12月1日紙面掲載】
※シンガー・ソングライター
ウールのコートを着るか着ないかで迷う、これくらいの時期が好きだ。
空気に芯が通りはじめ、少し乾いた匂いがして、暖かい日差しと冷たい風を同時に感じながら外を歩いていると、一瞬時が止まったような感覚になる。ゆっくりと深呼吸をし、季節と季節の間特有の静けさにふと身を委ねれば、忘れかけた何かを思い出せるような気がしてくる。
ただ刻々と刻まれていく目の前の時と行き交う季節を、黙って受け止めている感じが良い。言葉よりも背中で語る職人タイプとでも言おうか。こういう時期があるからこそ四季が際立つのだと思う。私はこういった時期のことを、「名前のない季節」と呼んでいる。
季節だけに限らず、私たちは常日頃から名前のない誰かに支えられながら生きている。たとえば駅前の植え込みの花がいつもきれいなのは、誰かが毎日手入れをしてくれているからだ。ビルの窓が輝いているのは、誰かが汗水垂らして拭いてくれているからだ。街を鮮やかに彩るイルミネーションも、誰かがひっそりと飾り付けてくれたものだ。
でも私たちは彼らの名前を知らない。知らないどころか、日々の豊かさをもらっていながら、その存在をつい忘れてしまうこともある。とはいえそれは仕方のないことだとも思う。自分のことで精いっぱいになってしまうことは、誰しもあることだ。
でも、「名前のない季節」は思い出させてくれる。きらびやかな物事にはいつだって過程があるということを、そしていかにそれらが大切かということを。
気付けばもう12月、ここからは年末年始に向けて猛スピードで日々が過ぎていくのだろう。その慌ただしさの中で忘れてしまう前に、私は一足早く、近々散歩でもしながらゆっくりと今年一年を振り返ろうと思う。
いつも自分を支えてくれている人たちや物事に、きちんと感謝し思いをはせながら、来る季節と次の年を迎えられるように。