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私たちはともにいる ドキュメンタリー「I Am Here」17日から上映

文化 | 神奈川新聞 | 2020年10月14日(水) 20:32

「I Am Here―私たちはともに生きている―」の一場面
「I Am Here―私たちはともに生きている―」の一場面

 出生時の戸籍上の性別とは異なる性を自認するトランスジェンダーの内面に迫るドキュメンタリー映画「I Am Here─私たちはともに生きている─」が、17日から都内で上映される。「本来の自分」を追い求める切実な姿とともに、「私たちはここにいる」という静かながら力強いメッセージが映し出される。

 「やっと女性の体に戻れた」。男性として生まれ、今は女性として生きる中川未悠さんが、性別適合手術を受けたその時を振り返る。「うれし涙が止まらなかった」と語る晴れやかな表情が、本来の自分を取り戻すまでの長い葛藤を物語る。

「声を上げられないトランスジェンダーの気持ちを代弁する思いで映画をつくりました」と話す浅沼智也さん

 映画にはおよそ20人の当事者が登場する。トランスジェンダーであることを家族に明かす難しさ、採用面接で直面する性別の壁、性別変更のハードルの高さ…といったそれぞれの現実を、彼女、彼らの生の声が伝える。

 トランスジェンダーは存在自体が認識されないこともある。「無理解から偏見や差別を受けている子たちが、もっと胸を張って生きられるように、当事者の心の内を知ってもらいたいと思ったんです」。監督を務めた看護師の浅沼智也さん(31)が映画を手掛けた理由をこう話す。彼も出演者の一人だ。

 女性として生まれながら、小学生の頃からその性に違和感を覚えていた。周りからは「ボーイッシュな変なやつ」と奇異な目で見られ、いじめられた。18歳で性同一性障害と診断。ホルモン療法や性別適合手術を経て、23歳の時に戸籍の性を男性に変える。

「I Am Here―私たちはともに生きている―」の一場面

 戸籍が変われば何不自由なく生きられると思っていたが、現実は違ったという。この社会はとかく外見にこだわる。「中性的な顔や身長の低さで事あるごとに男なのか、女なのかと確認された」。他者が定義する「男らしさ」や「女らしさ」の押し付けに苦しんだ。

 第三者が本人の許可なく他人に性のありようを明かす「アウティング」の被害を受けたこともある。短大を卒業後、自認する性別に沿って生きるため、男性看護師として勤務した。戸籍上女性であることはごく一部の同僚しか知らないはずだった。しかし、働き始めて2年ほどがたった頃、その事実が患者にまで漏れ伝わっていた。

 「下半身はどうなっているの」「よく見ると女性顔だよね」と揶揄(やゆ)されたり、振り向くまで「お姉さん」と呼ばれたりした。「それ以前から、いつ周囲に知られて後ろ指をさされるか、常に恐怖だった」と浅沼さんは言う。屈辱と不安が襲い、うつ病を発症。間もなく職場を去った。

「I Am Here―私たちはともに生きている―」の一場面

 現在は別の場所で看護師の仕事を続けながら、トランスジェンダーの連帯を目指すグループ「TRanS」の共同代表を務め、当事者の医療アクセス問題を調査するなど精力的に活動する。自身の体験から、性に悩む人たちが少しでも生きやすくなってほしいとの思いが原動力となっている。

 「見た目と戸籍の性別が一致するのが普通」とされるこの社会にすり合わせて生きることが、自身を傷つけない最善の道だと思ってきた。でも、性がどのような形であろうと差別されず、その人の在り方が尊重される社会でなくてはならない。だからこの映画をつくり、「私たちはここにいる」と声を上げる。

 「自分のことをおかしいと思うよりは世の中を疑った方がいい」「生きることを諦めないで」。出演者のエールを通じて、「自分は何者なのか」と独り悩む当事者に寄り添う本作を「大勢の人に見てほしい」と浅沼さんは語る。「私たちはともに生きている」。副題の通り、トランスジェンダーが当たり前に共存する揺るぎない事実を、映画は鮮やかに照らし出している。

 17~24日(21日を除く)。上映時間59分。劇場はシネマ・チュプキ・タバタ(東京都北区)。各日午後7時開映。上映後に浅沼さんとゲストのトークイベントを開催する。予約・詳細は劇場のホームページで。

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