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ヘイトスピーチ考
時代の正体〈414〉条例はなぜ必要か(下) 困難さと向き合うとき

社会 | 神奈川新聞 | 2016年11月13日(日) 10:51

公共施設の利用制限について議論した専門部会=10月19日、川崎市川崎区
公共施設の利用制限について議論した専門部会=10月19日、川崎市川崎区

【時代の正体取材班=石橋 学】ヘイトスピーチ(差別扇動表現)の事前規制を巡り推進派、慎重派双方の有識者を招いたヒアリングは開始から3時間を超えようとしていた。有識者でつくる川崎市の「多文化共生社会推進指針に関する部会」。英国出身で表現の自由を重視する立場から質問を繰り返してきたチャート・出意人(デイビド)委員は「規制は難しい問題で私の中ではすぐに結論は出ない。多文化共生社会をつくる上で最も難しい問題から出発しているように思う」と発言した。

 口を開いたのは駒沢大法学部教授の中野裕二部会長だった重ねてきた議論を踏まえ、メンバーの意思を確かめるように言った。

 「それでもやらざるを得ない状況が生じている。それが出発点。川崎市は多文化共生社会の実現に向けた指針を設けている。それでもヘイトスピーチ団体はやって来たのだから」

 難しい問題があるからといって、何もしないという結論にはならない-。

 それが答えだった。

抑止効果


 規制の恣意(しい)的運用を避けるための第三者機関についての議論もそうだった。専修大法学部の榎透教授は「私を含め憲法学で規制を危惧する人たちは」と切り出した。「公権力の側が人選するのなら、任命権者の意に沿うメンバーになる。これで恣意性を排除できるか」

 差別を禁止し、終了させるのが自治体の責務との立場から師岡康子弁護士は具体的な方策を示していく。

 第三者機関の設置は大阪市のヘイトスピーチ抑止条例に先例がある。人選に当たっては国際人権法や憲法、人種差別問題に精通した研究者、法律家、NGOなどの有識者、ジャーナリスト、被害当事者といった幅広い人材を集める。基準はキャリアや論文の本数といった客観的な事実に基づくことにする。「事務局も市当局が担うのでは独立性が弱い。韓国の国家人権委員会は事務局の一部を公募している」

 中野部会長がうなずいた。「多様な専門性を持ったメンバーを入れ、できるだけ恣意的な判断がなされないよう、首長を縛る基準を設ける工夫が必要ということだ」

 困難さは実効性を巡っても強調された。チャート委員は「規制があってもすりぬけようとして、申請段階ではできるだけ質問に答えないようにするだろう」と問題提起した。

 師岡弁護士は「もちろんガイドラインや条例で基準を作ればせめぎ合いになるだろう」と応じ、だが、と実態に即して論じていく。

 ヘイトスピーチ団体はできるだけ人を集めて差別を扇動したいからインターネットを通じて宣伝をする。「そこに書かれた内容は判断材料になる」。確かに申請内容を偽れば事前に食い止めるのは難しい。その場合は虚偽申請をペナルティーとして扱う方法もある。ヘイトスピーチがなされる可能性の高さに応じて警告、条件付き許可、不許可と規制を3段階に分け、たとえば警告を3回破ったら次回申請時に不利益な扱いをする仕組みなどが考えられる。「向こうも隠そうと工夫をするだろうが、そうすれば宣伝しにくくなる。ヘイトスピーチがやりにくくなる」

 中野部会長はここでもうなずいた。「そういう仕組みを持っていることが大事だ、と」。師岡弁護士は「その通り。公的機関が人種差別は許さない、公共施設を使わせないという姿勢を示すことが大きな抑止効果になる」と力を込めた。

市民参加



 チャート委員はなおも疑問を呈した。「では、移民をゼロにするという主張はヘイトスピーチに当たるのか」

 師岡弁護士の答えは「移民や拉致の問題などにおける右翼的な主張がすべてヘイトスピーチというわけではない」。その上で人種差別撤廃条約の解釈指針である「一般的勧告35」を示し、「文脈をみることが大切。スピーチが挑発的、直接的か。誰に向けられたものか。対象の人たちはその社会でどのように扱われている人たちか。マイノリティーを侮辱、排除、攻撃する目的でなされたかは判断の大きな基準になる」。

 示された判断基準に込められた、表現の自由の侵害にならないよう悩みつつ、それでも差別を止めるため、知恵を絞り、ヘイトスピーチと闘うというメッセージ。各国の人々のこれまでのヘイトスピーチとの奮闘の中で生み出され、磨かれてきた指針。それはまた、線引きを決めるのはそれぞれの社会であり、市民一人一人であるという投げ掛けでもある。この国では前例のない事前規制という試みは、だからこそ尊い。

 議論は終わりに近づいていた。

 公共施設の利用制限は「人種差別行為が行われる恐れが客観的な事実に照らして具体的に認められる場合」に限る。第三者機関による審査や反論の機会の保障など手続きを明確に定め、公表する。人種差別を行わせないというガイドラインや条例の存在が自治体の責務である差別撤廃施策の確かな根拠となり、同時に目的が明確になり規制の恣意的乱用を防ぐことにもなる。

 師岡弁護士の主張に榎教授も、厳格な基準を設ければ公共施設の利用制限は違憲とはいえないことを認め、根拠をより明確にする包括的な人種差別撤廃条例の制定を「一つの方策だ」との見解も示した。

 細部にわたる専門家のやりとりをもどかしそうに聞いていた元市職員の小宮山健治委員の発言が象徴的だった。

 「ヘイトスピーチの問題はヘイト団体と在日コリアンの問題ではない。市民の尊厳を傷つける行為で市民社会全体に対する攻撃だ。それを社会の側がどう捉えるべきかという問題だ。だから行政が規制するだけでは足りない。差別を認めない地域社会をつくっていこうという市民の合意が欠かせない。そのためには市も条例作りの議論も同時並行で進めるべきだ」

 
 

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