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かなコンに貢献された方たち2019年7月11日

皆さん、こんにちは。
7月に入ってからもぐずついた天気が続いていますね。でもあと2週間もすれば夏休み、その頃には梅雨明けして、スカッとした青空を拝みたいものです。
7月も中旬になると毎年、全国規模のコンクールが活況を呈する時期になります。ピティナでは地区予選が終盤にさしかかり、ヤマハジュニアはグランドファイナルを迎えます。また、クラコンや演奏会コンクールがスタート直前で、ピアノ以外の人も本番を迎えます。きっと皆さん慌ただしい毎日を過ごされているのではないでしょうか。

さて今回は「かなコン」にご尽力いただいた故人についてお話しします。35年の歴史を持つ「かなコン」ですから設立当初から大勢の方にお力添えいただいていますが、私が現役として関わったおふたりに絞って、エピソードを綴りたいと思います。

一人目は斉藤準一・前大会会長(神奈川新聞社前社長)です。この方とは3度目の職場でご一緒になり、直属の上司としてご指導いただきました。仕事面では「好きなことをやってみろ」と促され、本や雑誌の企画編集を担当させていただき充実した日々を過ごすことができました。
次の異動でイベント事業を行う職場に配置換えとなり、そこで「かなコン」と出会うこととなります。実は斉藤さんは幼少の頃からヴァイオリンを習われていて大学ではコンサートマスターを務めるほどの腕前でしたので、当然「かなコン」には強い関心と理解をお持ちでした。大変音楽に精通している役員として審査員長をはじめ多くの音楽関係者から一目置かれる存在で、社長になられた際には神奈川新聞に対して音楽事業への理解や協力を大勢の方が期待されていました。実際、私の知らないところで「かなコン」に対する想いを県内外の経営者や音楽関係者に都度語っていたようです。
審査員の方から「いいですね社長さんが音楽にご理解があって」とよく言われましたが、担当としてそれはそれで大変なものです。ふらっと予選会場に現れたり曲のうんちくを聞かされたりと、担当している業務に対して会社のトップが並々ならぬ関心を持っていることは本当にプレッシャーなのです。私の音楽知識の乏しさや対応に「かなコン」担当として大いに不安と不満を感じていた様です。
ある時「何で参加者が減るんだ」と尋ねられ「少子化なのだから、減るのは必然です」と答えると「バカモノ!そんな誰でも知っていることを聞いているじゃない。前年踏襲しかしないから減るんだ。増える努力をしていないじゃないか!」と一喝されました。その言葉を受けて新設したのが「幼児の部」でした。結果として前年比増とはなりませんでしたが、この年代の人たちから参加いただくことには大変意義があったと実感しています。また在住地による参加会場の制限や神奈川県在住の縛りの撤廃など、毎年新しい試みを導入してきたのは「社長を見返したい」との思いが心の奥底にあったからかもしれません。斉藤さんが社長を退任され「かなコン」の大会会長を退かれる際、各部門の審査委員長にご挨拶をされている姿を拝見して、ホッとした思いと同時に理解者を失った寂しさも感じました。
その1年半後に67歳の若さでご逝去されました。発見しにくい場所のがんで判明してから6か月の余命でした。毎年10月のトップコンサートを楽しみにされていて、この年も2席の依頼を人づてに受けていましたが、前々日に体調が優れず伺えないとの連絡があり、その後メールで「●●さん、これからはCDや自宅で音楽を楽しむことにします」と私のことを「さん」付でしたためた最初で最後の文面を頂戴しました。斉藤さんにとっての「これから」は20日間と本当にわずかな時間だったことがとても残念でなりませんでした。

そしてもう一方はご存じの人も多いのではないかと思います。「かなコン」創設の時から関わっていただき一昨年の11月に亡くなられました音楽評論家の岩井宏之先生です。岩井先生に如何にスムーズにご審査いただくのが大変だったと歴代の「かなコン」担当者から聞いたことがあります。私の頃はそれほどでもありませんでしたが、ご自分の考えを曲げない強い信念の持ち主でしたので他の審査員と考え方の違いで審査が伸びることがありました。また、岩井先生は地元神奈川の人を最優先に考える方で、県外参加者が多いヴァイオリン部門では小林武史前審査委員長と誰を1位にするかで双方一歩も引かないこともありました。
そんな岩井先生がことのほか期待を寄せていたのが、以前もこのブログで書きましたユースピアノ部門の「幼児の部」でした。最初の会場で「幼児の部」を聴かれたときに「いいねえ、この人たちが大きくなった頃が本当に楽しみだ」と目を細めてご満悦の表情を浮かべられていたのが大変印象的でした。岩井先生はよく「ここ神奈川でバッハが当たり前のようにあちこちから聞こえて来る、そんな街になって欲しい」とお話しされていました。そうなれば神奈川の文化度も一次元高くなるのではないでしょうか。
岩井先生の偉大な業績を称え幼児の人に寄せられていた期待を継承することを目的として、昨年から「幼児の部」に「岩井宏之賞」を贈ることとしました。今年は2人の方が受賞されクリスタルコンサートに出演されます。受賞者の人たちに岩井先生の理想が受け継がれて行くと嬉しいと、表彰式で受賞されている写真を眺めながら想っています。(tsuka)