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鉄道コラム前照灯(63) 蜜柑

神奈川新聞 | 2010年12月31日(金) 00:00

横須賀駅を出た横須賀線上り電車が最初の吉倉トンネルを出た辺りの左手に、訪れる人も少なく、ひっそりと吉倉公園がある。その一角に芥川龍之介の「蜜柑(みかん)」の文学碑があることもあまり知られていまい

▼この小品は1919(大正8)年の作。横須賀の海軍機関学校の教官を務めていた芥川の体験が反映されているという。横須賀線上り二等客車に乗る「私」は疲労と倦怠(けんたい)から、持参の夕刊を読む気さえ起きない。そこへ「十三四の小娘」が慌ただしく乗り込んでくる

▼「私」が娘を見る目は「いかにも田舎者らしい」「下品な顔だち」「服装が不潔」などと悪感情むき出し。さらに三等の赤切符を大事そうに握っているのに気づき、「二等と三等の区別さえも弁(わきま)えない愚鈍な心が腹立たしかった」と手厳しい。おまけに娘は汽車がトンネルに入っているのに窓を開けてしまい、「私」は煙を満面に浴びて激しくせき込む

▼ところが、トンネルを出た所で話は転換する。線路際に見送りにきていた兄弟とおぼしき子どもたちに娘がミカンを投げた。子どもたちの上に落ちていく鮮やかなミカンの色。奉公先に赴く貧しい娘が見送りの弟たちの労に報いた行為が「私」に疲労と倦怠を忘れさせた

▼汽車とトンネルを舞台に生まれた佳作が、その文学碑のように忘れ去られてしまうのは寂しい。(N)

(2010年12月31日)

【神奈川新聞】

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