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J3:YSCC けがで引退から復帰2年目 DF藤川「人生懸けて」

神奈川新聞 | 2015年2月19日(木) 03:00

リフティングするYSCC藤川=横浜市中区のYC&AC
リフティングするYSCC藤川=横浜市中区のYC&AC

引退を撤回して昨季途中に現役復帰したJ3YSCCのDF藤川祐司が、勝負のシーズンに臨む。「ずるずるやるつもりはない。一試合一試合、人生を懸けてやる」。完全燃焼を誓う27歳は、亡き父への思いも胸に強い決意をたぎらせている。

1度目のプロ生活は、けがとの闘いだった。

1年目はJ2水戸で22試合に出場したが、左足のアキレスけん炎症が悪化して出場数は毎年減少。3年目のJ2松本時代には、立ち上がるのがやっとの状態になり「リーグ戦が終わった瞬間、解放されたと思った」。引退を決意し、もう一つの夢だった教員の道を進んだ。

体育教師として、県立瀬谷養護学校で過ごす日々は穏やかで、充実していた。ただ、そんな日々が半年すぎると両脚は回復していた。

YSCCに在籍していた神大時代の仲間が声を掛けてきたのはその頃。当初は「ダイエット」を口実に月1度足を運ぶ程度だったが、実は「心のどこかでもう一度やりたいと思っていた」。その年の冬、YSCCのJ3参入が決定。クラブ幹部に現役復帰を要請されると「全てをなげうってでも、チャレンジするべきだと思った」と決意した。

別の思いもあった。引退を決めた1週間後、父・裕さんが61歳で他界。「次の人生も頑張れよ」と励ましてくれた父の表情はしかし、「寂しそうだった」。自分の活躍を楽しみにしていた父の思いをくみ「もう一回、上を目指すよ」と胸の内で誓った。

昨季序盤はリハビリに充て、公式戦出場は夏から。それも本職のサイドバックではなく、体の負担を考慮されてセンターバックだった。実戦感覚や本来の動きを取り戻した今季、真価が問われる。藤川は「サッカー選手をやるかやめるか。一年一年が本当に勝負」と肝に銘じ、来月15日の開幕に備えている。

藤川 祐司(ふじかわ・ゆうじ) 港南中-横浜清陵総合高-神大。横浜Mの育成組織で育ち、神大を経て2010年J2水戸入り。その後は大分、松本でもプレーし、12年に脚の負傷で引退。県立瀬谷養護学校で体育教師として1年勤務後、退職して14年にYSCC入りした。09年ユニバーシアード大会日本代表。J2通算46試合出場1得点。趣味は温泉。横浜市港南区出身。175センチ、72キロ。27歳。

【神奈川新聞】

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