ある初冬の夜、長万部から上野行きブルートレイン「北斗星」に乗った。無人のホームは雪で白くなりかけていた。予約した寝台の向かい側には、幼い息子を連れた若いお父さんが座っている。「こんばんは」と言葉を交わし腰を下ろす。期待半分、緊張半分のこの瞬間が楽しい。個室もあるが、だから私はいつも2段式寝台を選ぶ。
私が提げていたカメラを見て、お父さんが「何を撮っているんですか」と声を掛けてきた。それで、ぽつぽつ話をした。旅行かと思ったら尊父の三回忌に行くのだという。男の子ははしゃいでいる。母親の口まねだろう、「いつもお世話になっております」とませた口調で言う。初老の車掌さんが「ぼく、青函トンネルまで起きていられるかな」と構いに来る。
カーテン一枚で仕切られただけの、いろんな人が乗り合わせる夜行列車を経験させたくて、とお父さんはほほ笑んだ。「大人になっても、昔乗ったな、ぐらいは覚えているでしょう」
寝台車がなくなると、こういう経験も失われるのか。横になってそんなことを考えていたら、翌朝寝坊した。お父さんはもう礼服を着ている。男の子はよく眠れたと笑っている。その子に、函館で買った「北斗星」のバッジをあげた。覚えていてくれるといいな。(さ)