
縄文時代中期(約5千年前)から古墳時代前期にかけての集落跡が残る「神庭(かにわ)遺跡」(川崎市中原区井田)で、新たに15軒の竪穴住居跡などが見つかった。過去の発掘調査と合わせて住居跡だけで約150軒が確認され、市教育委員会は最盛期の弥生時代後期には50人規模の「ムラ」が存在していたと推定。7日に市民らを対象とした現地説明会を開く。
神庭遺跡は1970年代前半、県立中原養護学校の建設予定地(当時)で、弥生、古墳期の竪穴住居跡約100軒が見つかったのを機に調査が進展。その後も、約2万平方メートルの丘陵地に縄文以降の竪穴住居が重なり合う形で発見された。約3500年の長期間にわたり、断続的に集落が存在したことがうかがえ、同市教委も貴重な考古学資料の発掘に努めてきた。
遺跡周辺は縄文期、海岸線が内陸部まで入り込んでいたため、人々は水害を受けにくい高台に住居を構え、海の恵みを得ることができた。弥生時代に入ると低地で稲作が行われるなど、食糧事情の良さも“人気”を集めた理由のようだ。
市教委は今回、同養護学校に隣接する障害者福祉施設の建設予定地(約千平方メートル)を試掘し、ほぼ全域に竪穴住居跡があることを確認。ここを「第5地点」として5月上旬から発掘調査を進めてきた。新たに15軒の住居跡が見つかったほか、土・石器の破片数は2千~3千点に上る。
6月7日の現地説明会は午前10時、11時半の2回開催。参加無料で事前申し込みは不要。市教委文化財課は「発掘現場周辺は今も自然が豊かで、周りの風景と合わせて昔の人の生活を想像してもらえれば」と話している。天候に伴う実施可否の問い合わせは、午前8時以降に同課電話044(200)3306。
【神奈川新聞】